市民ゲーム


学生などから、映画館に行っても眠ってしまったことを悔やんでると聞かされたとき、映画館に限らず、暗い劇場では、誰でも寝てしまうものだし、じっとしてみていたら、疲れていなくても、あるいはパフォーマンスが面白くなくても、寝てしまうことはよくあるのだが、映画館で、劇場へ行って、何回眠ったかというのは、その人が戦場で負傷したときにもらう勲章のようなものなので、記録して記念し、お祝いをしてもいいくらいだ。とにかくあまり気にしないことと、こんなことを述べている。


サミュエル・ジョンソンの『ラセラス』に登場する賢人のように、他人はよいことをしゃべっていても、いざ、自分のこととなると、そうはいかなくなるのが、この私で、本日、映画館で寝てしまった。気にしないどころではない。気になりすぎる。ああ、お金を捨ててしまった。どうしてくれるといっても、悪いのは私だし、悔しいし、悔やまれるし、残念でならない。映画館で眠ったのは勲章だと、馬鹿なことを言うな。映画館で寝てしまった者の気持ちのわからない、おまえのような奴は、絶対にぶっ殺していやるといいたくなる――自分で自分を呪っても、意味がないのだが。


TOHOシネマズみゆき座で上映される映画を読み見ている。ロードショー映画ではない、インディーズ系映画でもない。まあB級映画なのだが、ちょっと高級な、でもB級である映画をTOHOスカラ座という大映画館の裏の倉庫のような(倉庫ではないが)で、みるのが好きで、仕事の帰りとか雨の日には、横の宝塚劇場を見ながら、チケット売り場に立っている。


映画は『ゲーマー』(原題はCitizen Game)。しかも、この映画の大音響、絶え間ない銃声と爆発音のなかで、ああ、なんと悔やまれることか、そんな大音響のなか眠っていたのだがから、あきれるわい。ほんとうにバカだ。どれだけ眠っていたのかわかならいが、眠気が去ったあとは、スクリーンに集中して、映画の内容を把握しようと努力をした。エンターテイメント系の映画の常だが、私のような居眠り組が、途中から映画をみても、全体の設定とか流れ、物語は、充分に把握できるようになっている。だから、映画の内容はわかった。最後まで見た。悔いは残るが、中身を把握できなかったということはない。


とはいえ、実際に、内容を詳細に文書化しようとすると、眠っていてわからないところもあり、やはり何かを見落としている可能性がある。そのため、あとは断片的に感想をだけを。


絶体絶命のときに、主人公がそれを逃れるシークエンスは、フィクションゆえのいい加減さはあるとはいえ、同時に、リアルであり、学ぶべきところは多い。肉体の筋肉ではなく、内臓というか内部も武器にしてしまうのは、『アドレナリン』から続いているものだろうが、すごいというか、実行できないが、学ぶべきところは多い。強力なシステム、難攻不落のシステムを崩壊させること、あるいは、そうしたものは崩壊するしかないことを、学ばせてもらった。そういう意味で肉体派アクション映画なのだが、近未来という設定もあって、IQは、偏差値はけっこう高い映画である(いいかたが曖昧なのは、全部語るとネタバレになってしまうから)。


とはいってもぶっとんでいることはたしかな映画だが。


映画のなかではつるされた男も出てきた。『ラスト・キング・オブ・スコットランド』で、人間の皮膚に金属の鍵つめを付けて吊るすという拷問は、初めてみる形式で、見た人は、びっくり仰天して、うちひしがれて帰ったとのこと(その頃、映画会でそれをみた。ただ私は当時に入院中で、映画会には参加できなかった。のちにDVDで見た)。


つぎ映画『ホースメン』で、殺人方法として、大掛かりな吊るす器具が登場してきた。吊るすイメージは、映画の最後まででてくるのだが、それとは別に、こうした人体を裸で、金属の鍵つめで吊るす変態儀式がアメリカであるらしく、アメリカの変態おそるべしと思ったことがある。


今回『ゲーマー』でも、近未来のナイトクラブで、人間が吊るされていた。方式は『ラスト・キング・オヴ・スコットランド』と同じ。ああ、吊るしているしていると、思わず、目をそむけそうになった。あれはたぶんほんとうに吊るしているのだろうから。


ちなみにこの吊るしは、日本にもすでに入っていて、それがはじまるとわかると退席するし、周りの人間もあなたは、これが正視できないでしょうから帰ったほうがいいと、人からも言われると、私よりも英語も日本語も上手い、ある人が語っていた。どこにでもいる変態。