Je Voit Tout / Flyboys


日本では公開されないと思ったので、いち早くDVDで観てしまったのだが、今月17日から日本でも公開されることになったのが、映画『フライボーイズ』(2006)。


アメリカでの評判がいまいちだったことと、出ている俳優が、日本で馴染みのがあるのは司令官役のジャン・レノくらいで、主役のジェイムズ・フランコは『スパイダー・マン』では悪役ではないけれども主人公の敵役で、あと『トリスタンとイゾルデ』でトリスタン役といってもあまりピンとこないかもしれないし、けっこう人気があったB級バイク映画『トルク』で主役だったマーティン・ヘンダーソンが渋い役で出ているけれども、一般にはジャン・レノ以外は誰という感じだし、映画は歴史的事実に基づく戦争映画ではあっても、そういう映画にありがちな歴史性という点での重厚さに欠けるし、2時間をすこし越えるのがちょっとつらい。1時間30分くらいでじゅうぶんな映画という気がした。


ただ飛行機ファンとしては見ていていろいろ感ずるところがあった。


フランスの航空隊に志願したアメリカ人の若者たちが訓練をつみドイツの戦闘機との激しい戦闘を生き抜く(とはいえ多くは戦死するのだが)物語。フランス側の戦闘機はニューポール17(映画の中では英語読みしてニューポートとなっていたが、ニューポールでしょう)。対するドイツ側はフォッカー三葉。


フォッカー三葉というのは、翼が三枚あるドイツの戦闘機で、翼が多ければそれだけ揚力が増すという考え方から翼を三つにした(さらに主脚間も水平板でつないであるから、四枚翼があるようなものだが)。しかし揚力は増しても、翼が三枚、四枚あると抵抗も増す。そのため1917年後半に出現して、1918年には第一線を退いたらしいから、寿命は短かったが、その特徴ある姿からして人気のある機種である。


映画では真っ赤に塗られたフォーカー三葉が登場してくると、お、リヒトホーフェンの赤いフォッカーかと、ちょっと興奮したし、ガンダムのシャー専用の赤いザクというのも、この赤いリヒトホーフェン機からきているのかと、感慨を新たにしたが、しかし、みると赤いフォッカーがつぎからつぎへと登場して唖然。赤いフォッカー多すぎる。


しかも敵役は黒いフォッカー。黒いフォッカーに搭乗するファルコンと呼ばれるパイロットはトリプル・エースとのこと(三桁の撃墜記録をもつということか)、これが最後まで敵役で登場する*1。ただ調べてみると、赤いフォッカーは数多く存在したらしく、リヒトホーフェン機だけではなかったようだ。


しかしこの時期のドイツの主力戦闘機はアルバトロスでしょう。アルバトロスとニューポールの空中戦というのがふつうだけれども、フォッカー三葉は形状の面白さで、歴史的事実とは無関係に登場させられたのか。


アルバトロスは液冷エンジンだけれども、フォッカーもニューポールも空冷エンジン。その辺もライヴァル関係として選ばれたのかもしれないが、航空ファンとして一言。


当時の空冷エンジンは、フォッカーでもニューポールでも、プロペラとエンジンのシリンダーというか、まあエンジン本体がいっしょに回転した。まさにロータリーエンジンだった(あるいはロータリーエンジンとはそういうことなのかもしれないが)。ところが映画では、正面から見ると、エンジン本体がプロペラと一緒に回転していない。シリンダーは動かず、プロペラだけが回転している(第二次世界大戦中の空冷エンジン戦闘機(零戦とかサンダーボルトとかフォッケウルフ)のように)。


当時の航空機は、プロペラといっしょにエンジンも回転したというのは、想像を絶するが、歴史的事実である。ただ映画では、これは再現しにくかったのか。エンジンもいっしょに回転していると違和感が大きく、やめたのか、CGが面倒だったのか。


そこですこし調べてみた。というのもこの映画の空中戦闘シーンは、きわめて心地よいのである。航空機が発明され実用化されてから、そんなに日がたっていない。それなのに、ここまで自由に大空を飛びまわれるとは。その爽快感、浮遊感に圧倒された。


思うに、現代は、当時に比べれば航空技術ははるかに発展しているが、しかし、鋼鉄の塊(まあ正確にはアルミや合金や複合材料が機体を形成しているので、鋼鉄の塊という表現は事実に反しているのだが)が、猛スピードで空を飛ぶだけで、緩急自在に空を飛び回ることができない。むしろまだ原始的な航空術の時代であったからこそ、おもちゃのような飛行機で、まるで妖精のように空を飛べたのだ、と。そう考えていた。


しかし、これはちがっていた。当時の航空技術ではあの映画の戦闘機のようには飛べないという指摘がネット上にあった。となると映画で実現しているのは飛ぶことのユートピアなのだ。ほんとうに軽く飛ぶのであり、飛ぶことがこんなにも簡単なのか。むしろ航空技術が発達して逆に飛ぶことがむつかしくなったのではないかと思ったのだが、そんなことはなかった。当時は、ぎこちなく飛ぶことだけがせいいっぱいだったようだ。


航空映画というと、2000年頃だったか、『ダークブルー』(日本語タイトル)という第二次世界大戦を背景としたチェコ映画があった。ドイツに占領されたチェコを逃れ、イギリスで航空隊に志願したチェコパイロットたちがドイツ軍と熾烈な空中戦を展開するという、この『フライボーイズ』の第二次大戦版のような映画だった。『ダークブルー』に登場するのはイギリスのスピットファイア*2で、実在する2機をもとにCGでたくさん作られたスピットファイヤーが大空を乱舞する映画であり、特撮も工夫が凝らされていた。空中で戦闘機が機銃を発射すると、薬莢がばらばらと空中に散らばっていくさままでが特撮で再現された。


しかし特撮の部分はそれなりに面白かったものの、この映画、物語の部分はだめだった。外国人のパイロットが現地の女性と恋に落ちるという完全にお約束化した物語を踏襲している。ちなみに『フライボーイズ』も同じ物語。なかにはラッセル・クロウ主演だったと思うが、パイロットが実戦に参加しないまま、現地の女性と恋に落ちるだけという映画まである。


しかも『ダークブルー』では後輩の若いパイロットが恋に落ちる人妻を、先輩のパイロットが横取りしてしまう。しかも、いま後輩、先輩といったけれども、後輩のほうは少年兵で、まだ幼い。先輩のほうは中年の親父で、そう、ふたりは先輩・後輩というよりも、父親と子供のようにみえる。そうなると息子の恋人を父親が奪う。ツルゲーネフの『初恋』の世界か。


さらに『ダークブルー』では、この中年パイロットは、戦後チェコで収監され、苦難の日々を送ることになる。それは大戦中、イギリス空軍に協力したからということで、共産政権に睨まれ収容所に入れられるのだ*3。となると監獄での苦しい日々と大戦中に自由に大空を飛びまわれた日々とが対比されていると同時に、後輩を裏切った罰として苦難の日々を送っているともとれる。後者のイメージが重なってくると、戦後のソ連支配体制への批判的視線が消えてしまうのだが、それでいいのだろうかとも疑問に思えてくる。


またいっぽうでこの父親は息子の恋人を奪うのだが、同時に、息子のように少年化してしまう。恋人の人妻のもとに夫が帰ってきて別れなければならないときの、まるで少年のような精神年齢の低いふるまいには頭をかかえた。


『ダークブルー』の監督ヤン・スヴィエラークは『コーリャ 愛のプラハ』で有名だが、子供を使ったヒューマンドラマとはちがって、この『ダークブルー』はだめでしょう。『ダークブルー』の原作なのかノベライゼーションなのか忘れたが文庫版に沼野先生が解説を書いていたけれども、『コーリャ』とは違い『ダークブルー』は褒める価値ないような……。


『ダークブルー』はスタジオ・ジブリの第一回洋画提供作品となりDVDもジブリシネマライブリーと銘打っている。DVDにはジブリの鈴木プロデューサーと糸井重里トークショーのようなものが収録されているが、糸井重里はのっけから、この映画の物語の問題点を指摘していて、鈴木プロデューサーも、そこが逆にいいところでしょうと、苦し紛れの発言をしていたが、なんといいつくろってもだめなものはだめじゃい。


フライボーイズ』は、『ダークブルー』とちがい、主人公と現地のフランス人女性の恋もそこそこのものだし、なんといっても第一次世界大戦中のおもちゃのような飛行機の妖精のような飛行ぶりが、宮崎アニメの実写版のようなところがあって、そこは不思議な感動をもたらす。飛行状態・飛行機の好きな宮崎アニメと、この映画の超現実的な飛行感覚はシンクロするところがある。この映画のほうが宮崎アニメを模倣した可能性もある*4


まさそれほどに『フライボーイズ』の複葉機、三葉機の世界は、ユートピア的な稀有な浮遊感覚を横溢させていた*5

*1:リヒトホーフェンは男爵だったが、この敵役もドイツの貴族という感じがする。この貴族をアメリカの牧場主の西部の男がやっつける。まさに庶民性の勝利なのである。ハリウッド映画のイデオロギーである。

*2:以前、マイケル・ベイの映画『パールハーバー』を観て、スピットファイアーというのはなんとまあ美しいイギリスの戦闘機だとつくづく感心した覚えがある。え、どうして『パールハーバー』なのにスピットファイアーか?って。映画をみればわかる。

*3:この映画を見るまで、大戦中にイギリス空軍に志願して活躍したパイロットたちは戦後、チェコにもどり、チェコ空軍の基礎を築いたというふうに理解していたが、そうではなかったとは。ただしいくら冷戦下であっても、戦争中にナチスドイツと戦った英雄を空軍で重用するならまだしも、投獄するとも思えず、投獄の理由は政治犯ということだったのかもしれないが。

*4:紅の豚』の模倣ではないと思うが。

*5:本日のタイトルのフランス語は映画を観るとわかる。