Free Fall
5月に公開される映画『天使と悪魔』のなかでは悪の組織(イリュミナティ)が、反物質を使って世界征服をたくらむという設定になっているのだが、反物質を研究している東大の先生が先ごろ記者会見して、反物質は現在地球には存在していないこと、また反物質研究は、危険なものではないという、『天使と悪魔』(映画ならびに小説)から生ずる誤解を打ち消し、反物質に関する正しい概念を説明していた。
まあ確かにまともな研究が、悪魔的犯罪計画呼ばわりされたらたまったものではないので、事情はよくわかる。
ならば反物質ではないが、最近、同様に誤解に満ちた考え方が横行しているので、専門家に記者会見を開いてもらって誤解を解いてもらいたいことがある。それはミサイルが迎撃できるという、とんでもない誤解についてである。
北朝鮮の人工衛星/弾道ミサイルの発射が間近だというので、もし事故で日本の領土に落ちてくるのなら、迎撃する態勢を整えるということが連日報道されているが、国民を騙すのはやめたほうがいい。弾道ミサイル、それも放物線の頂点に達したあと落ちてくるミサイル、迎撃できません。
これは、たとえば、基本的に迎撃可能なのだけれども、100パーセント確実ということではなくて、時には打ちもらすことがあるということとは全然違う。むしろ落とせないのがふつうで、奇跡でも起きれば、まぐれあたりという感じで落とせるかもしれないが、基本的に無理である。
現在、技術が発達しているから、ミサイルがどこを飛んでいるかは把握できるかもしれないが、それを打ち落とすミサイルなど存在しない。自由落下でおちてくる小さなミサイルの弾頭を打ち落とせるのなら、爆弾ひとつひとつを空中で打ち落とせるはずである。そんなことは無理だから、ミサイルだって落とせない。強力な破壊力のレーザー光線でもあれば、レーダー照準で打ち落とせるかもしれないが、そんなレーザー砲は、それこそ三流SFの世界である。
イラン・イラク戦争の頃、ペルシャ湾に展開したアメリカのイージス艦が誤ってイランの大型ジェット旅客機をミサイルで撃墜したことがある(誤ってというのは嘘で、たぶんイランに対する恫喝だろう)。高空をまっすぐに飛ぶ大型旅客機くらいなら落とせる。しかし自由落下してくるミサイルの弾頭をどうやって落とすのだ。
核戦略はなやかなりし頃の迎撃戦略というのは、敵からの大型の大陸間弾道ミサイルに対して、こちらからも迎撃核ミサイルを打ち上げ、迎撃ミサイルが敵ミサイルを直撃しなくとも、近くで核爆発させれば、その爆風で、敵の弾道ミサイルも破壊できるという、きわめてアバウトなものだった*1。スターウォーズのミサイル迎撃構想というのは、ミサイルが一番撃ち落しやすいのは、弾道ミサイルの場合には発射直後の上昇中であって、ミサイルの上昇中に人工衛星からのレーザー光線かなにかで撃ち落すというものだった。まさに三流SFの世界である。だいいち敵の領土上で打ち落としたら、それこそ戦争になる。
その後、アメリカは、迎撃ミサイル・システムを実験しつづけて、部分的に成功をしていることが報じられているが、しかし、まだまだ試行錯誤段階で、その最新技術を日本の自衛隊に教えるわけがない。
日本に配備されている迎撃ミサイルは、攻撃してくる爆撃や攻撃機に対するもので、それらにた対しては有効な防衛力になるかもしれないが、ミサイルを落とすミサイルではない。北朝鮮のミサイル発射を一番喜んでいるのは、自衛隊と政府関係者であろう。彼らは危機をあおって(それこそ日本を北朝鮮のような軍事国家にするという)軍国化構想を進めることができる。彼らの野望をくじくためにも、ミサイルは迎撃できないことを訴える勇気ある専門家は必要である。