リンコルン

 NHKの衛星放送で昔懐かしいアメリカのTVドラマを放送していたが、私の子供の頃、かなり人気があったドラマに『逃亡者』というのがあった*1。その後もリメイク的な映画化されたことで(ハリソン・フォード主演)名前だけは知っている人も多いだろう。NHKBS2で、それをテレビでぼんやりみていたら(数ヶ月前のこと)、「リンコルンさん」と呼ばれる人物が登場してきたので、私はあわてて音声を吹き替え(当時のまま)から英語に切り替えた。案の定、英語で聞いてみると、その人物は「リンカン」と呼ばれている。つまりアメリカの大統領リンカン(リンカーンと表記したこともあった)と同じ名前だが、英語のつづりはLincoln。台本を翻訳した人間が、それを「リンコルン」と間違って表記し、声優もそのまま発音したことになる。しかし珍しい言語ではなくて英語だよ。声優とか演出家の誰かが気づきそうなものだが、吹き替えのシステムについてはまったく知らないので、責任を翻訳家以外にも求めるのはよそう。
 ただし昔の翻訳家が文字中心で、発音に疎かったかというとそうでもない。『少女パレアナ*2という少女文学の傑作がある。日本では村岡花子訳で今も親しまれているが、この作品が日本でアニメ化されたとき、『愛少女ポリーアンナ物語』*3となった。二つの作品が同じと気づかなかった人もいたようだし、気づくと、なるほどということになった。「パレアナ」という変な名前はアングロサクソン系の名前とは思えない。しかし元のつづりはPollyanna、そうか「ポリーアンナ」か。これならアメリカ人の名前でありそうだ。となると「パレアナ」っていったい何ということになった。
 しかし「パレアナ」は「パレアナ」だ。Pollyannaを現在の日本語でカタカナで転写すれば「ポリーアンナ」であろう。だが、このPollyannaを英語として発音すると、どうだろう。「パレアナ」となるはずで、逆に「ポリーアンナ」といっても英米人には通じないはずだ。村岡花子訳は、「ポリーアンナ」と表記してもよかったのに、発音というか聞こえ方を重視して「パレアナ」にしたのだろう。これができたのは、すごい。快挙だ。
 ただ、昔の日本人(あいまいな言い方だが)は、やはり発音にうとくて、「リンコルン」という発音がまちがいであることも、「パレアナ」という表記が画期的であったことも、どちらも気づかなかったのではないだろうか。

*1:The Fugitive, アメリカABC局で1963〜67年放送。日本でもほぼ同じ時期64〜67年にTBS系列で放送。だからTBSで同名のドラマシリーズも作った。http://club.pep.ne.jp/~toys.oohara/index.htmには画像があり。最近は更新していないサイトのようだが

*2:エレナ・ポーター『少女パレアナ村岡花子訳、角川文庫。

*3:1986年1月から12月放送。日本アニメーション/フジテレビ製作、全51話。