ヴェンデッタ

 日本では2006年に公開された映画『Vフォー・ヴェンデッタ』(2005)は、よかった*1。革命という言葉は、その意味すらわからなくなった死語かと思っていたが、決して死語にしてはいけないこと、左翼革命の時代は必ず来るという希望を捨ててはいけないことを痛感した。
 その小説版の翻訳の冒頭ページ。ミスプリントの馬鹿。

過去二千年に渡り、戦火、恐怖、絶望と、あまりに多くのことを目撃してきた古き街ロンドンは、ローマ帝国軍により形成され、二十年も経たずして激怒したボアディケア女王により灰燼と帰した。怒りに燃えたこの女族長は、八万におよぶ自国民の運命を奪いながらも、ローマの支配にはほとんど手を下さなかったという。アングロ・サクソンが後を継ぎ、黒死病により多くが命を落とした。その後、ロンドン大火(注:一九六六年九月、ロンドンの大半を焼いた大火事のこと)で再び焼失し、ヘルマン・ゲーリング率いるドイツ空軍により、またもや粉砕された。(p.8*2.)。

 二十世紀後半ににロンドンの大半を焼いた大火事があった?そんな大事件覚えていますか。ロンドンといえば、ニューヨーク、東京とともに世界の金融の中心地。そのロンドンの大半が焼けたら、それは日本沈没以上の大打撃を世界の金融財政界に与えていたはずだし、そんな大火事を20世紀後半になって食い止められなかったというのも驚き。で、ロンドン大火は正しくは一六六六年のこと。単純なミスプリント。翻訳者はお気の毒としかいいようがない。
 なおこれは原文が馬鹿なのだけれど、女王ボアディケア(ボウディッカとも表記)の伝説がひどく矮小化されている。紀元59年に死んだ女王は、ケルト系の先住民の族長で、ローマ軍に辱めを受け、娘が凌辱されたことから反乱を起こした。この記述によると8万もの仲間を殺し、ローマ軍には手を出さなかったとあるが、これではたんなる「困ったちゃん」(いまはあまり使わない表現か)女王じゃん。彼女もまたヴェンディッタを敢行し、作品のテーマともつながっていゆくはずなのに、この記述はないよ。タキトゥスの『年代記』が唯一の資料だが、それによれば反乱は多くのローマ兵を血祭りに挙げた。しかしローマ軍が体制を建て直し、本格的に反乱鎮圧を図ると、女王の軍は、最後の戦いで、兵力と軍事力に圧倒的にまさるローマ軍を前に壊滅、8万ものケルトの同胞が死んだという。ローマ軍の損害は軽微だった。

*1:ちなみにこの映画、Vを演ずるヒューゴー・ウィーヴィング、仮面をかぶっていて最後まで顔わからず。そういえば『ラブ・アクチュアリ』『アンダーワールド』『ナイロビの蜂』などに出ていたビル・ナイ、『パイレーツ・オブ・カリビアン』で伝説の船長を演じているのだが、それは蛸のオバケで、顔は最後までわからず。第三部では人間としての顔があかされるのでしょうか

*2:ティーヴ・ムーア『Vフォー・ヴェンデッタ山田貴久訳、竹書房、2006。