シン・レッド・ライン アマとプロの


 私たちは自分で物を作るのは苦手でも、他人が物を作っているのを見るのは好きだ。ましてそれが職人の仕事ならば、見ていて興味が尽きない。テレビの料理番組でも、その料理を作るつもりはなくとも、なにかを学ぶつもりでなくとも、ただ漫然と見ているだけで楽しい。街頭でスケッチする人の背後にはたいてい誰が見ている。

 レッスン・プロという職業があるが、見せるプロという職務もあると思う。おそらく技をみせることで、その職種の宣伝にもなるのだろうが、同時に見るほうは、それとは関係なく、プロの技の見事さを鑑賞する。プロではない私たちは、プロの技をみたいものだ。いっぽうプロは、理由さえあれば、その技をアマチュアに見せたくてしかたがないのだろう。二つの自己満足が支えあっている。

 久しぶりに書店で立ち読みしていたら月刊誌『モデル・アート』を購入していた。理由は、とくに語らない。また雑誌そのものは問題ないとしても、中には問題のある記事が多い。しかし、それは今回問題にしない。

 そのなかに長谷川伸二という人がコラムを書いている。写真つきの見開き2ページのコラムだから、そんなに分量は多くない。毎月連載とのこと。この人はモデル作りのプロであり、その製作過程をDVD化したものを販売している。またモデル雑誌を編集したこともあり、ライターとしてもプロである。

 今月号の内容は、某一般紙から初めてプラモデルを作ろうかという人たちに参考になるような企画ということで、長谷川氏が初心者向けにモデルを製作し、製作過程の写真をとり、記事を書くということだ。

 以下、長谷川氏の文章で語ってもらおう。

先日「プラモデルを作ったことのない人にも、カッコ良いヒコーキ模型が作れるテクニックを誌面でレクチャーしてもらえますか?」と某雑誌(模型専門誌ではない一般情報誌)から以来を受けた。

 そこで氏は知名度のある飛行機で容易に入手しやすく作りやすいキットを選ぶ。キットそのものは古いものだが、初心者のことを考えての選択である。

あくまでもビギナー向けということでスキルの必要なディテールアップはしないでくれというのが編集部のリクエスト。(中略)今回はあくまでもストレート組み。

と氏は語る。ここまではよい。むしろプロのモデラー/ライターにとって、スキルを見せずに、あくまでも初心者が始めて作るときのようにモデルを完成させるというのは、たとえていえばプロの料理人が、一般家庭の台所の冷蔵庫にある食材を使って何か料理を作れと依頼されるようなもので、かなり困難なことが予想される。いや、この喩えは違うかもしれない。模型では、プロも初心者も、同じ材料で作るのだから、まあどう料理するかということだろう。初心者には材料の切り方、あるいは火加減などわからない。そこでプロがおいしく料理を作る基本的なコツを伝授する――まあ、それがこの長谷川に依頼した雑誌側の目論見だろう。

 ところが長谷川は

ディテールアップはマスキングテープで自作したシートベルトを取り付けただけ。

と語ることで、なんだが雲行きがあやしくなる。プラモデル作りが趣味ならマスキングテープなどいくつも道具箱にあるだろう。しかし初心者がそんなものをもっているわけがない。シートベルトは実感を増すために、薄い鉛板を使ったりするらしいが(同誌p.9にそうした作例がある)、初心者にとっては、マスキングテープだろうが板鉛だろうが身近にあるものではないので、すぐに出来るものではない。難易度は同じ。購入先くらいを教えるべきだろう。

 ただしマスキングテープというのは、モデルを塗装する際に必要なことが多い。だからいくら初心者でもマスキングテープは購入すべきである。どうせモデル用の塗料を買うついでに、とは言えるかもしれない。だがマスキングテープはセロテープでも代用できる。またシートベルトは無理につけなくてもいい。初心者なのだから。だが氏は、そこまで頭がまわらないのである。プロ根性というよりもプロ馬鹿なのだ。

 このあと撮影用も含めて2週間で3機も作るはめになった愚痴がつづくが、これは模型専門誌だから、専門家が読んでいるという前提が書き手にある。だから2週間で3機は暴挙なのだが、一般人には、そんなに部品数も多くないこのキットは、1日か2日で出来なければ驚きなのだ。またそうでなければ初心者が最初から手を出せるものではない。少なくとも週末の2日くらいに、完成させられないと……。

 さてどうなるのか、記事をみておくと、出ました。初心者無視が。

さて、組み立てが完成すれば、いよいよ塗装だ。当然ながらエアブラシによる塗装となる。

と、きた。エアブラシ。プラモデルを作ったことのない初心者にエアブラシだと。いうまでもなくエアブラシとは、コンプレッサーによってつくられる圧縮空気によって塗料を飛散させ均質の塗面をつくるための装置であって、使うには、最近は安くなったがコンプレッサーとエアブラシを購入し、またその操作や手法に慣れなければいけない。初心者がエアブラシを使う段階というのは、キットをいくつも作って、マニア化したときである。この馬鹿は、プラモデル一個作るには、すでにいつもマニアでなければいけないと思い込んでいる。

 初心者にエアブラシはたいへんである。筆を使うのがよいだろう。しかし筆だと、筆むらが出て、仕上がりがきたなくなる。また逆にきれいな筆塗りができるには、それこそエアブラシを使う以上のテクニックが要求されるので、現実的ではないかもしれない。だがここでは銀塗装が取り上げられている。銀の塗料は、最近では各種いろいろなものが出ているし、もともと銀色は伸びがよいため筆塗りでもそんなに筆ムラが出ない。えい、やっと、筆で塗るのが初心者にはよいかもしれない。

 あるいは広い面積の筆塗りはむつかしいと思う初心者だったら、缶スプレーをおすすめする。作例の飛行機は銀一色の塗装である。模型用缶スプレーで、あっというまに塗装できる。缶スプレーにもテクニックがいるが、筆塗りやエアブラシに必要なテクニックとは段違いに単純なものである。

 初心者向けの記事に、さすがにエアブラシはまずいと自分でも迷ったのだろう。長谷川氏はすかさずこう付け加える。

模型製作の経験がないビギナーがエアブラシなんか持っていないでしょう……いや、そのとおり。しかし完成した時のクォリティを求めるならば、エアブラシは必要ですよ、パネルごとに銀のトーンを変えるテクなんかを紹介してみた。ビギナーになぜエアブラシが必要なのかをぐだぐだ説明するよりは、「どうですお客さん、こんなコト出来るですよと」現物を見せた方が早い。

本人もたぶん気づいているように、これではエアブラシを売らんかなのセールスマンであって、初心者にモデル作りを教える人間のやることではない。「ビギナーになぜエアブラシが必要なのかをぐだぐだ説明するよりは」って、アホか。そもそもビギナーにエアブラシの必要性を説明する必要はない。相手は模型を作ったこともない人間なのだぞ。

 さらにいえば「パネルごと銀のトーンを変える」ことは、むりにしなくてもいい。缶スプレーで均一の銀の塗面をつくるだけでも、見栄えのいいモデルは完成する。どうしてもパネルごとに銀のトーンをかえたかれば、それこそ最初からマスキングテープを使って筆で塗り分けるか、缶スプレーで銀塗装したうえにマスキングテープを使って筆で塗り分けてもいいのだ。エアスプレー屋の宣伝にまどわされてはいけない。というかこのオヤジはいつからエアスプレー屋になったのだ。「どうですお客さん……」――恥ずかしい売り口上を見よ。

 しかし初心者が、模型を作り続けいけば、エアブラシの必要性を感ずるだろう(これは正しい予想だ)。そのためにもエアブラシでできることを最初にみせるのだと反論するかもしれない。しかし、これは長谷川伸二の模型製作記事をみてみんなが模型作りの世界に足を踏み入れることを前提としている、一種のbegging the questionである。むしろ読者は、おそらくエアブラシが出てきた時点で、模型製作を断念するだろう。

 それに気づかずに、長谷川はさらにこうのたまう。

しかし派手なマーキングが多いマスタングなのだから、それを楽しまない手はないということで、今回はエアロマスターやイーグルストライクといったスペシャルでカールを使ってみた。この辺はマニア的な拘りだ。

とうとうマニアになっちゃった。ここにあるデカール(モデルに貼る転写マークのこと)は、簡単に入手できない。初心者が購入ルートを探すのもたいへんである。そもそも初心者だからキットのはいった箱のなかのものだけをつかって作るのが筋であって、これは明らかにルール違反。長谷川名人の作例拝見コーナーじゃないぞ。

 たとえていうなら、料理番組で、同じ食材をつかって素人とプロの料理人がチャーハンを作ったらどうなるのかというような企画で、プロの料理人が、材料の処理とか火加減とか鍋の使い方について素人ではわからないテクをみせるというのなら、それはいいが、今回の場合のように、プロが、いきなり家庭用のガスコンロの三倍の威力のあるコンロを要求し、何日も前から仕込んだ材料を使い、さらに中国から取り寄せた珍しい調味料で味付けをするとしたら……。それはその料理は素人ではできないと恫喝しているようなものだ。

 長谷川名人のこの製作記からわかるのは、プラモデルは、初心者には絶対に作れないということ。初心者を、プラモデル製作に招待しようとして、初心者を脅して帰らせる。それが今回の記事だ。私がその一般誌の編集者だったら、長谷川伸二をぶん殴る。ええかげんにせ〜よ、と。そんじょそこらの駆け出しのモデラーやライターじゃないのだから、誰もがあなたの実力は知っている。それなのに素人を脅し、そんなにも自分の技術を見せびらかしたいのか。このアホ、くそおやじ(英文学界にもそうしたやつがいるぞ)。

 だがここで話は一巡する。編集者にしてみれば、予想した記事ではなかったと思うのだが、長谷川名人の製作過程と作例を見るのは、読者としては楽しいことであろう。プラモデルを作ろうとする読者はいなくなるだろうが、その記事は多くの読者を楽しませることだろう。

 あと長谷川名人の今回のこの模型専門誌の記事は、専門家、マニア向けのものであって、そこに素人を恫喝させるような内容の記事についての報告があっても、そもそもマニア向けなのだから、許されるのではと思うかもしれない。だがリアルに考えよう。最初に述べたように、何かをうまく作れる人の作業の様子は見ていて楽しいのである。この『モデルアート』の読者も、もちろんマニアはいるだろうが、それ以外に、製作記事や写真を楽しみたいという立ち読み読者ややまのようにいるのである。素人が呼んでいる専門誌。素人とプロとの境は、現前とあるともいえるが、またなきがごとしともいえないか。