王政復古期のオセロー

rento2006-09-17



 17日名古屋の某私立名門校の英文学会でゲストとして講演をした。「ジェンダーと人種のはざまで――王政復古期のオセロー」というもので、王政復古期Restoration時代の演劇というきわめて狭い話題ながら、そこはすこし広げて西洋の人種の表象とか現在のジェンダー問題にからめて話をした。うまくいけばこの内容で、今後、考えている王政復古演劇研究のイントロになるかもしれない。もちろん講演では、専門職は薄めて一般論を展開したつもり。


 王政復古期とは1660年チャールズ二世がイギリスの王位につき、イギリスに王政が復活した時代。それまで禁止された演劇も上演が許可され、演劇がシェイクスピア時代に次ぐ活況を呈し始める時代である。


 面白いことに、この時期、まだ新作が間に合わないこともあって古典や旧作が上演されたのだが、そのなかでシェイクスピアの『オセロー』は王政復古初期から上演された人気作品であった。興味深いことに1660年12月(8日?)の『オセロー』上演の際に、始めて女優が舞台でデズデモーナを演じたことがわかっている。女優の上演はさらに1月とつづき、1661年の中ごろには女優の存在は日常化してきた。


 と同時にこの時期はまたシェイクスピア時代の名残で、男性が女性を演ずることもあり、少年俳優あがりの男性俳優が、『オセロー』のデズデモーナを演じていたこともわかっている。イギリス演劇史の一時期、男優のデズデモーナと女優のデズデモーナとがロンドンに共存していたのである。


 日本で公開はされなかったと思うが映画Stage Beauty(2004)は、有名な演出家リチャード・エアが監督した映画で、当時、有名な女形・最後の少年俳優であったエドワード・キナストンNed Kynaston(実在の人物)と、映画のなかの設定ではキナストンの付き人の女性で、最初の女優となるヒューズ夫人(映画のなかではマライアという虚構の人物の偽名となっている)との葛藤競合を時代の流れとともに描く映画で、歴史的事実などは自由にねじまげているが、それなりに面白い映画であった。講演ではこの映画の一部を見せた。


 映画情報としては、キナストンを演じているのがビリー・クラダップBilly Krudup*1。また最初の女優を演じているのがクレア・デェインズClaire Danes*2。ともに熱演で、この映画を機に二人はつきあいはじめたことになっている。クラダップのほうは、それまで付き合っていたメアリー・ルイーズ・パーカーMary-Luise Parkerとわかれるのだが、そのとき彼女は妊娠7ヶ月であったという*3。事情はよくわからないが、クラダップ、人間の屑じゃん。


 ところでイギリス最初の女優というのは、二つの説があって、ひとつは、1)1660年12月、国王一座の、たぶんアン・マーシャルという女優であろうという説と、いまひとつは2)1660年12月8日マーガレット・ヒューズ夫人という説。前者はよくわからない推定説。後者はかなり明確な事実となっているが、どちらが正しいのか私には不明。私の持っている資料では1)についての記載が多く、2)についての記載はない。映画のほうは2)の説をとっている。どちらが正しいのだろうか。知っている方がいればご教示願いたい。


 映画のほうは人気のある女形であったキナストン/クラダップが、やがて女優にとってかわられ、男優として生きることになるという設定だが、たぶん、事実もそうであっただろう。実在のキナストンはその後『オセロー』で副官役のキャシオを演じていることがわかっている。


 少年俳優・女形の消滅を決定的にしたのがチャールズ二世が1662年4月25日に出した布告だった。そこでは舞台では女性の役は女性以外の者が演じてはいけないと規定していた。かくして女優は制度化され、少年俳優は舞台から消える。


 それにしても国王も、そんなことまで布告するのかと驚き。もうひとつチャールズ二世が出した布告のひとつに「King Charles Spanielは公共の場に連れて行ってもよい」というのがある。無類の犬好きのチャールズは、小型のスパニエル犬が大好きで、宮廷でもたくさん飼っていて、国王の名前をとって「キャヴァリエ・キング・チャールズ・スパニエル」Cavalier King Charles Spanielと命名された種類もあった。映画のなかでもルーパート・エヴェレット扮する国王の足元には数匹のスパニエルがいつもうろちょろしているのは、この史実を踏まえている。

*1:『あの頃ペニーレインと』とか『ビッグ・フィシュ』などで御馴染みの二枚目俳優。最新作はトム・クルーズ主演の『ミッション・イムポッシブル3』(予備知識なしでこの映画観ていた私はクラダップが最初のほうに出てきていて驚いた)。だが最大の驚きはクラダップが女形ができることである。なお日本の映画会社では「クラダップ」と読ませようとしているが、たぶん「クルーダップ」という発音のほうが正しい。

*2:『ロミオ+ジュリエット』のジュリエット役などで名高い。

*3:パーカーは馴染みのない女優かもしれないが、『ボーイズ・オン・ザ・サイド』(1995)でドリュー・バリモアとウッピー・ゴールドバーグと共演し、エイズで死んでゆく薄幸の女性を演じて日本でも人気が高い。