流れよ我が涙と…… Thank You for Smoking 1

思い出話だが、イギリスに到着してから、外国人登録しようと町の警察署に行ったら、うちではやっていないから、レミントン・スパーLemington Sparの警察署へ行けといわれた。はじめての土地で、いきなりよその市の警察署を指定されても困るのだが、書店で地図を購入して、レミントン・スパーの警察署の場所を確かめた。それほど難しい場所ではない。市の官庁が集まっている場所で、町外れの駅からも遠くない、歩いていける。
 ということで駅の空き地でサッカーに興じているインド人らしき若者たちの横を、とぼとぼと歩く白人の老人たちにまじりながら、市警本部に到着して、ドアを開けた。
 するとタバコ臭い。市警本部の玄関ホールには、受付があって、そこで待っている人たちの列に並んだが、タバコ臭さにあたりを見回すと、近くの長椅子に男が座ってタバコを吸っている。その男が背にしている壁の上方には、でかでかとNo Smokingの文字が。
 日本でも昔は通勤電車とか映画館のなかで平気でタバコを吸う輩がいて、ほんとうに困ったものだが、今ではそんなことをするのはほとんどいない。私も目撃した例はない。イギリスでも事情は同じだろう。喫煙できる場所は限られている。禁煙という表示のある場所で、喫煙するのは大いにはばかられることなのだ。
 しかし問題は、警察署のなかで、禁煙区域で堂々とタバコを吸っている男性がいて、それを警察官が誰も注意しようとしないことのほうだ。タバコを吸っている人間は、凶悪犯にも、また精神異常者や知的障害者にもみえない、ふつうの庶民であった。
 なにか込み入った理由、警察署の禁煙区域でタバコを吸ってもおかしくない、誰もが納得する理由があるのかもしれない。しかしそうした想像を絶する理由を無視するとすれば、理由はわからない。受付の警察官(一人しかいない)が並んで待っている来訪者の対応に忙しくて注意する時間がない。それはあるかもしれない。しかしその前に警察署で禁煙表示のあるところでタバコを吸う神経の太さに驚く。あるいはこの件については、こんな意見もあった。「イギリスは紳士の国で、あくまでも自己責任と本人の自覚に任せるから、たとえ警察署でも、喫煙者に自覚を促すだけで、とくべつ注意をしない」という。しかし、だったら玄関ロビーで殴り合いの喧嘩がはじまっても放置するのだろうか。喧嘩と喫煙は違う。喫煙程度のことなら、ということだろうか。
 いまもよくわからない。