あっちゃん、かっくいい

Oliver1

Thank You For Smoking 2


 これは実話である。ただし目撃したわけではないので、誇張もはいるかもしれない。関係者はすべて知っていることなので、口外しないでね。


 先に、イギリスの警察署で禁煙の表示があるにもかかわらず平気で喫煙していた傍若無人な男について書いたが、大学でも教室は禁煙である。しかしH教授(仮名)は、授業中も堂々と喫煙をつづけていた。しかも禁煙の文字が貼ってある壁を背にして、これみよがしに。
 それは大教室での講義であったが、ある日、授業直後、いつも最前列に座っている女子学生のAさんが、つかつかとH教授の前に歩み寄り、ひと言「あの、授業中にタバコを吸うのをやめてもらえませんか」と。
 H教授は、授業中、怒鳴ったりわめいたりしないが、ゼミなどでは学生の意見に厳しいしダメだしをして追求したり、右翼保守派であり、気に入らない反対派を攻撃していた。思想信教の自由を認めないような東京都知事と東京都教育委員会ほどの憲法違反をするようなことはないにしても、それなり強面の教授で通っていた。いっぽうAさんのほうは、優秀な学生だが、ふだんはおとなしく、先生にずけずけ物を言うようなタイプでもないし、授業中でも発言はめったになかった。そのAさんが、強面のH教授に、タバコをやめてくれと堂々と迫ったのである。
 私はこれをオリヴァー・ツイスト的瞬間と呼んでいる。知っているでしょう。ディケンズの小説『オリヴァー・ツイスト』のなかでもっとも有名な場面、映画が作られれば、必ずその場面が予告編にも使われる場面、そう、オリヴァーが孤児院での食事の場面、ひどい食事に空腹を満たされないオリヴァーが、おわんを持って。「もっとください」と、おかわりを要求する場面。”I want some more!”というと、あたりは氷つく。あの場面。
 私のなかではAさんは、ジェンダーこそ違うけれども、オリヴァーそのものである。


 その日、ショックを受けたH教授は、同僚のT教授を居酒屋に呼び出し、その出来事を話す。H教授いわく「俺は大学はいつでも辞められるけれども、たばこは辞められない」と。この名言は、Aさんの武勇伝とともに、今に伝えられている。


 その後どうなったかというと、H教授は、教室での喫煙を辞めた。しかし授業中に中休みと称して、休憩をいれ、その間、廊下の端にある喫煙コーナーで喫煙。またもどってきておもむろに授業をはじめるようになった。


 月日は流れ21世紀。そう、それは20世紀のことだったのだ。Aさんは大学を卒業し、大学院も修了した。イギリスでPhDを取得してきた俊英となった。いっぽうH教授はいまも大学を辞めることなく教壇に立っている。タバコは? タバコは辞めていない。辞めていないどころか、廊下の端の喫煙コーナーにある灰皿というよりも大型のタバコの灰入れ。その重たい器具を、毎回、授業時、教室に持ち込み、四六時中タバコを吸いながらの授業。もう留まるところを知らぬ超悪喫煙オヤジに変貌しているのであった。Aさん、帰ってきてなんとかして!