ナイトメア 4

ようやく今日の悪夢が始まった場所にもどってきた安堵とともに、どっと疲れが押し寄せてきた。とはいえ今日の催し物の準備のために見ることにしていた映画のうち、『スリー・オブ・ハーツ』のDVD*1が届いていた。これでも観てから寝ることになるのだろうか。


悪夢のはじまりは、本日の催し物のために、レジュメを用意することからはじまった。前日の徹夜の後遺症がたたって、頭がまったく働かない。バナナを食べても、コーヒーを飲んでも、まったくだめで……。うまくいけば深夜から作業をはじめて、午前3時頃までにレジュメは完成するはずだった。また両面コピーの図版入りのレジュメは大学で100枚コピーしてこれは完成している。


すこし眠って頭をはっきりさせることにした。昼寝も含めて、軽く寝ることは体の調子や頭の働きを整えるために推奨されている(もっとも深夜にそれをすることまでは推奨されていないが)。ベッドで眠ってしまうと熟睡するから、机を前にして椅子に座ったまま目を閉じた……。


目が覚めた。朝になっている。机の前の窓は遮光カーテンだが、その端から光が漏れている。勢いよくカーテンをあけた。快晴の朝。ふだんなら朝の空気に心もなんとなく浮き立つのだが、なにかがおかしい。夢をみていたようだが、どうしたのか。


ぼんやりとした意識が、次第に事態を認識しはじめた。そう、レジュメだ。レジュメを書いていない。しかも朝だ。いそいで時計を見る。すでに8時をまわっている。8時? 8時?


8時? 目の前のコンピュータの画面には、扱う本の章題と小見出しを書いたままで、あとは白紙のページが広がっている。レジュメを作ってメールで送るはずが、寝過ごした。そこで自分でコピーしなければいけないのだが、そもそもレジュメがまるで出来ていない。


よく悪夢で、なんの準備もしていないのに、講演に引きずり出され、話をしなくてはいけなくなったりとか、高校生時代にもどって、学期期末試験があるのに、なにも準備していないのに朝をむかえて、さあどうしようという悪夢というのは、誰でも見ることがあると思う。私は、寝過ごして遅刻したという経験はある。しかし、寝過ごしてなすべきことをしていないということはなかった。それがいま、悪夢ではなく実体化したのだ。人生最大の危機を、私は迎えていた。


思い出した。目覚ましをかけたはずだ。小さな目覚ましだが3個セッティングした。その3個を手に取った。どれも鳴らないようになっている。3個すべてセッティングし忘れたとは思えない。微妙に時間はずらしたから、3個同時鳴ることはなく、おそらく起きては、目覚ましを止めたのだ。3回も。相当疲れていたのだろうとわかったが、そんなことに感心する暇はない。時間は8時15分になろうとしている。


集合時刻が10時30分だから9時30分には家を出ないといけない。となると出かける準備もあるので、9時には完成していないといけない。残り1時間をきっている。主催者のXさんには、レジュメは自分で刷っていくとメールをだす。遅れますとは書けなかった。レジュメをこれから書くとはなおのこといえない。


あとは必死で読みながら本の内容をまとめて、書いていくしかない。9時すぎても終わらない。そこで、土壇場である工夫を思いつき、なんとか完成したのが9時30分。これから外出してもコピーを200枚しなくてはいけないし、コンビニのコピー機は印刷速度が遅い。

10時30分の集合時刻には無理だとわかったので、11時までに行くしかないと考えた。夢のように時が流れ、気づくと日曜日の朝のコンビニでコピーをしている。遅れることを主催者側に伝えなければならない。しかし連絡先がわからない。私の携帯は妹とのホットラインで、番号は妹以外に、基本的に教えていない。ただし携帯は便利なので、こちらから携帯でかければ相手に携帯の電話番号は登録される。そして相手から携帯に電話をもらうことは幾度とある。


そう今日の催しに参加するYさんのことを思い出した。彼女と会うのは三ヶ月ぶりだが、以前、携帯に電話をもらったことがある。彼女の携帯に電話した。地下鉄に乗るということだったので、あとで電話するとした。


コピーにはずいぶん時間がかかり、時計をみるのが怖かったが、駅の改札口で切符を買うときには10時を20分以上、過ぎていた。11時に間に合うかどうかもあやしい。切符を買う瞬間、Yさんから電話がかかってきた。遅れる旨を、伝えて、ホームで電車を待った。


場所は、私が大学に行くときに使う路線にある。私の大学よりはすこし近い。だから11時には無理だと思ったら11時に前に、催し物のあるキャンパスに到着した。キャンパスのなかで迷ってしまい(予想外のことだが)、11時すぎに会場へ到着した。


あとで今日は無事に終わってよかったですねと、Yさんにも言われたが、まさにそのとおり。ちなみに、せっぱつまったり、驚いたり、追い詰められて、おしっこをちびりそうになるという表現があるが、まさにそれに近い状態だった朝から考えると、夢のようなことである。


結局、私は6時間くらい眠って寝過ごしたことになる。レジュメを作って疲れて寝過ごしたというようなことは、よくあるが、寝過ごしてなんの準備もできていないということは、今回がはじめてである。いやはじめてでないかもしれないが、それは取り消したり、すっぽかしてもよいような場合であって、今回のときのように、死ぬか大怪我でもしないかぎり、欠席するわけにはいけない重要な催し物で、このようなことはなかった。


6時間眠ったので頭はさえていた。長い時間の催し物だったが眠たくなることはなかった。ただ疲労が残っていることもあり、懇親会は1次会で失礼した。


そして電車に乗った私は、日曜日の夜の人がまばらな電車に座った。駅に到着したとき、自分がどこにいるのかわからなかった。電車に座って眠ってしまい、寝過ごしてしまい、降りるべき駅を通り過ぎてしまった。私は見知らぬホームに立ち尽くし、駅の名前を見た。降りるべき駅から6駅先に行っていた。新記録である。

*1:Three of Hearts (1993, ユレク・ボガエヴィッチYurek Bogayevicz監督) 。中古DVDだが名作なのでコレクションに。あともうひとつのスリーサム映画その名もThreesome(1994)のほうは、私は20世紀に観ている。男二人と女一人の濃厚なベッドシーンがクライマックスで、これは3pと同じかというとそうではなくて(3pはヘテロ・セックスが基本)、両性愛セックスであり、かなり感動したことがある。DVD化されているようだが持っていない。ちなみに、このふたつのスリーサム映画――前者は女二人に男、後者は男二人に女一人――には奇妙な共通点がある。男性にはボールドウィン兄弟が出ている。前者にはウィリアム・ボールドウィン、後者にはスティーヴン・ボールドウィン。あと前者には女優のひとりがシェリリン・フェン、後者の女優がララ・フリン・ボイル。共通点?若い人は知らないかもしれないが、90年代初期のアメリカのカルト的テレビドラマシリーズ、デイヴィド・リンチによるプロデュースの(いくつかのエピソードではリンチが監督した)あの、あの『ツイン・ピークス』に出ていた主役クラスのふたりですよ。シェリリン・フェンはローラ・パーマー(懐かしいぞ、この名前)だし。←と前日書いたが、彼女はローラ・パーマー役(ずっと写真、あとで瓜二つの人間として登場)ではなかった。では、なんの役だったのか。忘れている……