ビューヒナーにはいつも先んじられ

岩波文庫の新刊ビューヒナー『ヴォイツェク、ダントンの死、レンツ』岩淵達治訳を、購入した。というか10月に出版されていることを知らなかったのである。偶然、見かけた。ビューヒナーとの関係で、私はいつも遅れている。


天才柳沢教授の生活』のテレビ版が2002年にフジテレビで連続ドラマとして放送されたとき、ぼんやりとみていた私は、松本幸四郎扮する柳沢教授が、ビューヒナーの『ダントンの死』がどうのこうのということを話していて、なぜ経済学部の教授が、そんなことまで知っているのかと驚いたことがある。とはいえ、経済学部の教授(しかもその原作は漫画(べつに漫画を馬鹿にしているわけではないが))が知っているくらいだから、ビューヒナーは、よほど有名な人物なのだろう。それなのに演劇研究家である私が知らない。これが真に驚くべきことだった。


ペンギン版で英訳の全集を購入した(Buchner, Complete Plays, Lenz, and
Other Writings
)。23歳で死んだのだから、残された自然科学論文までも収録しても、一冊に収まる分量である。これで翌年の英文学史の授業*1では、イギリスの演劇史を語るなかで、挿入的に、そういえば、この時代にはドイツにこんな天才がいて、こういう作品を残していてと、半年前までは何も知らなかった劇作家について、語った(もちろん学生には、「みんなは知らないと思うけれど」と、忘れずに付け加えて)。


今年になって中央大学森岡実穂さんから、書いたものを送られた。ウィーンかどこかでの、オペラ『ヴォイツェク』の観劇記だった。森岡さんの、いつもの健筆のなかで、ドイツで始まっているビューヒナー・プロジェクト(20巻近い全集の刊行計画)についても教えられ、さらに日本でもビューヒナーの全集が最近出ていることを知った。


ビューヒナー・プロジェクトについては、ドイツ人、頭おかしいと思いながら、まあ作品数の少ない作家のほうが、大計画をしやすいのかもしれないと考えた(英米権でもジョン・フォード(劇作家)の全集プロジェクトが2005年に発表されている。責任者がブライアン・ヴィッカーズという馬鹿なのが残念でしかたがないが、作品数が少ない劇作家のほうが、なにかと全集はつくりやすのかもしれない。とはいえフォードは作品しか残していないから、ビューヒナーのような全集はできないのだが)。森岡さんの記事のおかげで、岩淵氏が解説に書かれているこのビューヒナー・プロジェクトについては、既知のことだったので、余裕をもって読むことができた(ビューヒナー協会があることは、岩淵氏の解説ではじめて知ったのだが)。


ただ、森岡さんがそのエッセイで触れられている、日本語訳の全集のほうは、知らなかったのであわてて購入した。たしかに今年、河出書房から出版されたのだが、よくみると、これは復刊であって、新訳ではない。まず今年出版されたことに気づかなかったこと。復刊であることに気づかなかったこと、つまり過去に全集が出ていたことに気づかなかったこと。二重に遅れをとっていたのである。


また今回の岩淵氏の翻訳も、新訳ではなく、この河出書房の全集版からとってきたものである(まちがいないと思うが、いま手元に河出書房の全集がないので、たしかめようがない。ちがっていたら、あとで訂正する)。


実は、遅れを取ったという主題で書こうと思っていてら、結果的に、新しいと思ったのは私だけで、みんなすでに知っていること、あるいは古いものだったということを連ねる結果になった。岩淵氏の解説は二〇〇六年九月となっているが、一〇月に出る文庫本の解説としては遅すぎない? とはいえこれは、どうでもいいことなのだが。

*1:村山敏勝氏との思い出参照。