冥王星で朝食を


冥王星の住人Tさま


たぶんこのメールは、少なくとも今月中に読まれることはなく、
ひょっとしたら来月、いえ私が生きているうちは
読まれることがないかもしれないので、
ある意味で安心して好き勝手なことも書けるのですが、
返事は必要ありません。
それが届く頃には、私はべつに早死にしていなくて、
長生きしたとしても死んでいると思うので。


とはいえ勝手に冥王星の住人、それもいまでは
惑星からはずれてしまった冥王星の住人と
無理矢理決め付けてしまってすみません。
べつに通信を送っても、その返信が届くのが
三ヶ月から四ヶ月かかるといって、
あなたが冥王星に住んでいるわけではなく、
私のほうが冥王星に住んでいて、
地球に送ったメールの返信をまちわびているのかもしれません。


まあ確かに忙しさを考えると、
引きこもってほとんど人と出会わない私とくらべ、
終始、大学の委員会それも委員長であるあなたは、
私のような怠け者とはちがって
絶えず動き回っているわけですから、
冥王星の住人はたぶん私なのだろうと思います。


でも、昨年末に久しぶりに出会って、
忙しいあなたが、すでに学生の卒論指導を終えていることを知り、
驚きました。正月開けに卒論提出というのは、こちらも同じですが、
あなた自身は、
もう卒論指導とは、完全に縁をきっていて、
冬休みから正月にかけて、
まったく卒論指導とはかけ離れた生活というのは、
うらやましい限りです。


実際、こちらでは学生のペースにあわせてしまうと、
早くても12月くらいからしか学生は本腰を入れないし、
またそうした学生はまだ良い学生で、
多くの学生は冬休みに入ってから、クリスマス過ぎないと
なにもしないというのがごろごろいて、
さすがに今年は
指導学生が例年よりも多いのに、
相談あるいは中間報告に来ないので、
年内に一度も相談あるいは中間報告しない学生は、
提出後、不備とかミスがみつかったら
制度的には認められていないが
特例で書き直しを命ずる。
卒業はなんとかさせてやるが、
卒業旅行はつぶれることを覚悟せよ。
とまあ、まあこうしたメールを出したのが
運のつき。
むしろほうったらかして、
二人か三人の優秀な学生を相手に
指導していれば、
のんびりとした正月を過ごすことができたのに、
突然、これまで音沙汰のなかった
学生がメールと卒論の下書きを
送ってくるようになり、
ここ1週間は、冥王星で朝食後、
添付ファイルをあけては、読んで、訂正して、
送り返すことの繰り返しで、
相当に詰まってきました。
そもそも、そろそろ提出日なのに、
こんなメールを書いているところをみると、
かなり疲れていることがわかると思いますが。


どんなに忙しくても、9月くらいから指導して、
12月の冬休み前までには指導を終えるというのは、
重要な委員会の委員長をしているあなたが、
そこまでするとはずいぶん偉いとと
ほんとうに感心したものですが、
同時にそれは、メールなどで指導せずに、
直接あって、面接して指導するということだったのですよね。


そのときあなたは、
メールで指導すると、
ついついコメントがエスカレートして、
相手を傷つけたりする。
対面というか面接で指導すれば、
すぐに反応がかえってくるから、
誤解も生じないし、またひどいことを言って
相手を傷つけることもない。
その配慮というか知恵のすばらしさを、
いま実感しているところです。


というのも、いままさに、
私はその逆をしていて、
学生に対するコメントが
辛らつになるばかりで、
ちょっと反省しているからです。


でも私がぶちきれるのも理由がないわけではない。
見てください。これがある学生が送ってきた文献表ですよ。

Antony and Cleopatra (Updated edition) by CAMBRIDGE
THE ROUGH GUIDE TO SHAKESPEARE by Rough Guides
AS YOU LIKE IT by Taishukan

さすがに昨日、これを見たときには、逆上しました。
なんだ、なんだ、なんだ、これは。
まあわかってもらえるでしょうね。
ただ、面接していれば、多少の皮肉もまじえて、
これはだめだよと、やさしく諭すこともできたでしょうが、
メールだとますます逆上して

そして文献表の書式。
すこしは書式について、手持ちの英語の本かなにかで、あるいは卒論の手引きのようなもので、研究しろよ。なめてんのか。
この勉強不足というか、研究不足は、ほんとにひどい。すこしはなんとしろ。

と書いてしまいました。反省。


ふだん、面とむかっては絶対にこんなことは言わないのに。
ちなみに卒論の書式について、MLAのスタイルシートなどを参考にして、
英文科独自のスタイルシート
ただし厳密に従わなくてもよいとは言っているのですが
それを作っているのは私なのですが、
その指導学生がこれですから。
また怒りがわいてきた。


あるいは英語の卒論について、
最近はみんな英語がうまくなってきて、
盗作じゃないかと疑ったりするくらいなのですが、
しかし英語、まるでわかっていない学生もいます。

Shakespeare might have been writing the work considering
it up to only one word.
….
While being performed, this work has been improved little
by little, and possibly this work was finished even in
the present form.
….
I want you to delete the part referring to having thought that I can delete it when it is necessary to delete some parts from this work.

さすがにこの英語は、意味がわからない。
まあよく日本語にひっぱられてへんな英語になるということもあって、
その場合、日本語に逐語訳すると意味がわかってくるというのがありますが。
さすがにこれはわからない。


でメールで書きました。

イントロには書くことがいっぱいあるでしょう。
なぜこのようなアプローチを選んだのか、
いままでこのようなテーマで書いた学生はいません。
ですから、なぜそうしたのか、
なぜふつうのアプローチができなかったのか、
なぜ英語がこんなにもいい加減なのかも含めて、
書くことはいっぱりあるだろう。
それをもっと書けよ。
もちろん、個人的なことを書けとはいっていないし、
そうする必要はないが、
こんな卒論を書いて、
自分はただの馬鹿ではありませんということを
もっと主張してもいい。

毎日毎日卒論をみていて、煮詰まってきて、
しかも、メールでのやりとりとなると
結局、こんなふうになってしまいます。


私が殺されたら、
死体をばらばらにされたら*1
指導学生を疑ってみてください。


そうか、また今回のことを通して、
冥王星にいるあなたが、
いえ冥王星からの私のメールに、
あなたが反応しないのは、
目の回るように忙しいときに、
のんきなごきげんうかがいみたいなメールを
もらってら、思わず、日ごろの鬱憤がでて、
やつあたりするとか
なんでもないことに激怒して、罵詈雑言をぶつけてくるとか、
そういう危険を回避するためにも、
よほどの急用ではない限り(いえよほどの急用であっても)
返信しないのだと思いあたりました。


そして3ヶ月後に落ち着いたら返信することにしているのですよね。
その遅延の意味が今回、
自分がこのように学生に当り散らして、
はじめてわかったような気がします。


100光年彼方のあなたへ。
返信は不要です。

*1:もっとも最近の、兄が妹を殺して死体をばらばらにした事件、妹による兄(次兄)を馬鹿にした発言によってカットなって殺したという犯人の言葉を、警察発表を、なぜワイドショーなどではそのまま無批判に垂れ流すのだろうか。そんなもの頭のおかしい犯人が罰をまぬがれようと、でっちあげた嘘かもしれないじゃないか。第三者の目撃者でもいたら話は別だが、そんな犯人だけの証言をもとに、こんなことを言われたら殺意を抱くかもしれないというコメンテイターあるいはレポーターの悪辣さは、死者への冒涜だけでは済まされないぞ。よく昔いじめられていて恨みがあったから、殺したという精神異常者がいるが、しかし、犠牲者はなにもしていないのに、その異常者の被害妄想の犠牲になった可能性だってある。今回の事件にしても、芸能活動をしている蓮っ葉な若い女性に対する当然の処罰みたいなワイドショーや警察の扱いは、断固その不当性を抗議すべきだと思う。