最悪の星占い

2月6日は蠍座は朝のテレビの星占いによると、運気最低の日だった。で、その運が悪い一日に何が起こったのか報告し記録したい。私は星占いを信じているわけではない。


1)この2月で98歳になる伯母を老人ホームに見舞いに行った。しかし伯母は今日は眠っていたのか、話しかける段取りが悪かったのか、私のことが認識できない。最初は私のことを認識していたようだが、途中で職員が来て、私が職員と話しているうちに、伯母は近くにいるのが誰かわからなくなったようだ。伯母は目が見えない状態になっているので、遠い耳で周囲の様子を判断するしかない。気付くと伯母は私のことを職員のだれかだと思っている。「伯母さんに、伯母さんという人はほかにいますか? わたしですよ」といっても伯母にはわからない。


そこで私の名前をいうと、「そういえば***〔私の名前〕が今日来るという話だったがようわからん」との返事。「私がその***ですよ」といっても認知されず。いわゆるまだらボケなんだろう。たとえば、伯母と親しい職員が、甥の**さんが来ていますよと情報を入れ、私が「伯母さん元気ですか」という段取りを経ると認知してもらえる確率が高いのだが、それができないとどうしようもない。最近、女性を機械に喩える問題発言が話題になっているが、もし伯母さんも機械なら、調子が悪いので、もう一度、再起動したら、よくなるような気がするが、それもできず、本日は、認知されないまま撤退。そこで思い出した、今日は蠍座最悪の日だったと*1


2)帰りに近くのシネコンで映画を観ることにした。6時30分から9時くらいまでの間、映画鑑賞。この時間帯はテレビで言えばゴールデンタイムだが、テレビのゴールデンタイムほどつまらないものはない。知性と精神を鈍化させるテレビをまえにだらだらすごすよりは、お金を払って映画を観るほうがはるかにすばらしいとは、前に書いた。サティの5階にあるシネコンなので、時間も少し早かったので、同じフロアにあるレストラン街で夕食をと考えていたら、なんとレストラン街が改装中。3月に改装完了。ふだんは利用しないレストラン街だが、利用しようと思ったその日に、改装中となっているとは。2週間前までは改装中ではなかった。


3)食事をどうしようかと思いつつも、1階下のフロアでCD/DVDの店を見てみたら、けっこう面白そうなDVDがあって、時間がたってしまう。その店には、態度の悪いオヤジの客がひとりいて、通路を我が顔に歩いて他の客が押しのけたり、店員に横柄な口をきいたり、客(私も含む)がレジにもってゆくDVDをじろじろみたりと、実に感じ悪かったが、私としてはよい作品をみつけた嬉しかったので、気にしないことにした。


その作品とはマックス・オフュルス(Max Ophüls)の作品。これがDVD化されていたのかと感激し、購入しようとしたら定価がどこにあるのかわからない。定価がどこに印刷してあるのか。すみからすみまでみたがわからない。実は、店では盗難防止のためた、さらにプラスチックのケースでDVDのボックスをつつんでいる。そのプラスチックケースの貼られたシールが、ボックスに明確に印字されている定価を隠してしまっているのだ。


紀伊国屋書店のDVDである。高そうだ。定価は4000円から6000円の範囲内だろう。まあ5000円くらいか(予想は当たっていた)。高いけれども、財布にぎりぎりのお金しかないわけでもないので、そのままれレジに行って購入してもいいだろう。


へんなオヤジと、定価がわからぬDVD。これも蠍座の運のわるさか。でもこれは小さなことである。



ここまでくると、いろいろ番狂わせがあるので、嫌な予感がしてきた。せっかくの映画も予想外につまらなかったり、いい映画でも途中で眠ってしまって筋が分からなくなり、お金の無駄になってしまったり、と。スクリーン1には、定員が100名をこえる座席があるのに、観客は私を含め10人くらいしかいのだが、その時は緊張した。なにか嫌なことが起こるのでは、と。幸い映画をみているときはなんでもなかった。


私は将来、裁判員制度が導入され裁判に立ち会えといわれても、死刑を制度化している現在の日本の司法システムを私は容認しないし、死刑という、国家の犯罪の共犯者には絶対にならない、たとえ前科一犯になってもと、堅く決心しているのだが、今回の映画をみて、私の決心はますます強固なものになったといえば、どの映画をみたのかはわかるはず。映画で眠ることはなかった。眠るのがむつかしい面白い映画であった。


4)夜9時すぎ、映画に満足して駅に急ぐと、駅前にふだんより人がいない。ただ改札口のほうに人だかりがある。駅員にたずねたり、なにかもらっている人がいる。よくわからなかったのだが、周囲の人の話では、電車が止まっている。人身事故があったらしい、と。復旧の見込みはまったくたっていない、と。


あとでニュースなどで確認したところ、私が映画をみていた頃、7時30分に東武東上線ときわ台駅で人身事故。線路に入った女性(自殺しようとしたらしい)を助けようとした巡査部長が、急行にはねられ重体*2女性も怪我。9時に映画を終えて私が駅についたときには、すでに1時間30分以上電車は動いていない。ただ私はその時は、いつから動かなくなったのか、把握できていなかったが、これはタクシーで帰るしかないと、東武練馬の駅の近くでタクシーを拾い(まだこの時間帯は空車のタクシーが多かった)、成増の駅(東武練馬駅から2駅)までタクシーに乗ることにした。9時30分のこと。この時点でまだ電車は動いていない。


成増までにしたのは、成増から地下鉄が出ている。これは動いているはず。もしこの地下鉄も動いていなかったら、成増からタクシーを拾えばいいと考えた。ただあとで考えれば成増を越えて埼玉県に入ってもらったほうがよかったのだが、そこが運の悪さ。とにかく成増の駅の南口に到着。1000円ちょっとの料金だった。やれやれ。


5)成増で地下鉄成増の駅で地下鉄を待った。次の和光市まで一駅乗るだけである。事故のせいで有楽町線のダイヤも乱れている。なかなか来ない。しばらく待ってから、地下鉄が来た。成増では多くの乗客が降りた(ふだん池袋から東武東上線を使っている乗客も今日は事故のため地下鉄を利用した可能性がある)。乗客でいっぱいかと思うとそうでもなくて安心した。車内は暖房と乗客のせいで空気がよどんでいる感じがする。暑いし。ただ、ひと駅である。少々の我慢と思っていた。


本日最大の危機は、このとき訪れた。和光市の手前(このとき地下鉄はもう地上を走行している)で地下鉄は止まった。和光市に前の列車が停車中で入れない、しばらくお待ちくださいの車内アナウンスがある。だがなかなか動かない。そうこうしているうちに隣の線路を東武線らしい電車が走ってゆく。どうやら東武線は運転を再開したらしい。10時近くである。2時間30分のあいだ東武東上線は動かなかったことになる。よりにもよってその日に私は電車に乗っていた。


だが和光市の手前で地下鉄は立ち往生である。車内アナウンスが入った。現在、和光市の駅のホームは乗客であふれているため、東武東上線の電車がホームに到着し、乗客を収容してからでないと、この地下鉄車両は駅に到着できない。しばらくお待ちくださいというアナウンスがあった。


いま地下鉄は地上にいる。夜の冷気にふれて、窓ガラスが曇り始めている。車内は暖かい。空気はよどんでいる。あせも出てくる。私は自分が過呼吸になっていることに気がついた。


私は一時期、朝夕の満員電車に乗れなかったことがある。空気がよどんでいる列車に乗ると、息苦しくなり、呼吸困難あるいは過呼吸になる。死にそうになる。発狂しそうになる。要するにパニック障害なのである。


満員電車に乗ると息が出来なくて、死にそうになる、あるいは死ぬのはいやだから、助けてくれと暴れだしそうになる。途中下車したくなる。ところが急行だと10分以上、どの駅にも止まらない。それを考えると、恐怖で頭が真っ白になる。ますます過呼吸になる。自分の肺が空気を吸い込まないのがわかってくる。要するにパニック状態。


実は私はこれを克服していない。ただ一時期のようなものすごい満員電車はなくなったこと。これは事実。ラッシュアワーはずいぶん緩和された。駅員に押されないと中に入れないという状態はなくなっているのでは。また和光市は地下鉄と東武線が同じホームに入るので、混んでいる東武線を避け、比較的すいていて、各駅停車しかない地下鉄を利用することが多いこと。こうしてパニック障害にならないようなかたちで交通機関を利用しているので、パニック障害に悩まされることはなくなった。だがパニック障害は残っている。


数年前、山手線の車内が夜、身動きできないほど猛烈に混みあったことがあり、それに乗ってしまった私は渋谷から新宿までの3駅になのに発狂しそうになった。呼吸困難で倒れる前に駅についてくれと祈るしかなかった。


そして今日、それが再発した。和光市駅の手前で動かなくなった地下鉄の車両にどのくらいいなければいけないのか、先が見えない不安と、暑くよどんだ車内の空気は、混雑していなくても、私を過呼吸にさせるにじゅうぶんなものがった。わたしはどれだけ呼吸しても肺が酸素を吸い込んでくれない恐怖と、そもそもよごれた空気なので利用できる酸素もないのではと恐ろしくなる。「すみません、息ができないので、窓をあけてくれませんか」と助けを求めるまで、あと何秒がまんできるのか。最後には「窓をあけてくれ、ここから出してくれ」と暴れ狂う予感がしてきて、ますます呼吸があらくなる。パニック状態の一歩手前まできた。


たださいわい、そんなに混みあっていないこともあり、駅のほんのすぐ手前に来ているので、もうすぐ降りられる。あとすこしの我慢だ。あとすこしで、ひんやりとした夜の空気にふれられる。1時間も閉じ込められることはない。そう思うと興奮が少しおさまってきた。すると地下鉄も動きはじめる。和光市駅のホームはさほど混雑していなかった。ようやく帰ってきた。蠍座最悪の日だった。

*1:でも私がいつも気にかけているのはアルパチーノ主演の映画『セルピコ』のなかのエピソードだけれど。

*2:この巡査部長は、2月12日に亡くなられた。その死を悼む人は多い。合掌。