紛争ダイアモンドconflict diamond


本日、大学に顔を出した帰りに、伯母の所に立ち寄った。いつもの見舞いである。帰りに近所のシネコンへ行った。いつものことである。


連休前というか連休中だったので、人気映画は混んでいると思い、すこし旬が過ぎた映画『ブラッド・ダイアモンド』(2006)を見ることにした。


結婚指輪には給料の三か月分を注ぎこむというのは、宝石業界が、日本のサラリーマン事情にあわせて、なんとなく暗黙のルールとして定着させたものくらいに思っていたが、この映画のなかで、給料の三か月分の結婚指輪というのは、アメリカの習慣あるいは欧米の習慣であることがわかった。日本にそれを機械的に輸入しただけだとわかった。なんだ欧米か。


映画には『クイーン』にブレア首相役で出ていたマイケル・シーンMichael Sheenが、紛争ダイアモンドを買う悪徳業者に扮していた。端正な顔立ちの役者だが、私のおぼえている限りでは『アンダーグランウンド』2部作での演技だけで、まあ『クイーン』におけるブレア首相の役はちょっと似あわないから、こちらのほうが適役か。


それはべつとして、こうした映画をみると、どうしても不思議な感慨にとらわれるのは、これはほんとうかという気持ちである。


シエラレオネの内戦あるいはRUFといっても、私たちには馴染みが薄い。映画物語として多少の嘘は許されるにしても、全体がどこまでほんとうなのか、こういう映画をみるとどうしても思ってしまう。内容が衝撃的であるがゆえに、信じがたいということではない。そうではなくて、この監督エドワード・ズイックの前作『ラストサムライ』が、最初から最後まで嘘の世界であったがゆえに、今回も、どこまで真実かと疑うのである。


事実、もうすこし荒唐無稽の、〈臭いものに蓋〉式の美談であるなら、それが嘘であることが明白であって、むしろ安心するのだが(たとえばこの映画のRUFの描かれ方は、一方的であって、もし映画のとおりの狂信者暴力集団であったなら(住民に対する残虐行為は全世界的に知られているにしても)、彼らが10年にもわたる内戦で政府軍と戦ってこられた理由がわからない)、今回のように、たしかに定番の物語パタンであっても、全体的にリアルな話であるがゆえに、現地のアフリカ人ならどう見るのか、あまりの嘘に頭を抱えるのか、あるいは真実性に圧倒されるのか、知りたいのである。不可能な望みとしても。


たとえば映画の終わりのほうで、ディカプリオが、ジャーナリストのジェニファー・コノリーに携帯電話をかける。しかしあんな辺鄙なアフリカの山中で、都会(場所はわからない。ヨーロッパかあるいはシエラレオネの都市(ゴドリッチ?)か忘れてしまったが)へ携帯電話がかけられるはずがない。1999年という設定なのだが。とはいえ衛星を介しての通信で、通常の携帯電話とは異なるのかもしれないが(映画『スリーキングズ』のなかで、1991年の時点で、登場人物のひとりマーク・ウォルバーグがイラクの田舎からアメリカにいる妻のもとに携帯電話をかけていたが、あれはどうみても嘘としかいいようがない。物語としてはパタン化しているのか)。


あるいは今回の映画で気になったのは、出てくる航空機がどうして全部ロシア製なのかということである。ディカプリが乗っていた民間機はオーストラリアのジップスランドGippsland社製のGA8 Airvanということは、わからなくて調べてわかったのだが、それを除くと、たとえば映画のなかで国連の世界食糧計画WFPが使用しているらしい、白く塗られた大きな機体のヘリコプターは、あれはロシア製のミル8Mi 8である。みればわかる。旧社会主義圏を中心に多用されたヘリコプターで、私の好きな機体でもあったので、中国の模型メーカー、トランペッター(またかといわれそうだが)が35分の一というビッグスケールで売り出したときには、興奮して購入した。作っていない。いまもクロゼットで眠っている。


このヘリコプターには映画のなかで思い出がある。映画『ウォーカー』(Walker(1987)、アレックス・コックス監督)をみていたとき、このヘリコプターが出てきた。19世紀の話だが、意図的にアナクロニズムを活用している映画だったから、ヘリコプターが出てきてもおかしくなかったのだが、それがロシア製のこのMi 8だったので、深い意味があるのかと考えていた。中南米の革命運動は、やがてソ連の介入を招いてゆくという現代史へと物語を予言的に接続するのかと、あれこれ考えた私は、しかし、そのヘリコプターの機体にアメリカの国籍マークが描かれていて、それがアメリカ軍のヘリコプターという役で登場していることを知った。アメリカのヘリが仕えないので、中南米にあったMi 8を使ったのだろう。映画のなかではそれはアメリカの介入のシンボルだった(まぎわらしいことをしてくれるなと思ったが、そんなものにひっかかるのは私だけかもしれない)。


『ブラッドダイアモンド』では大型の攻撃ヘリがでてくる。あれはMi24ハインド(「ハインド」はNATOが付けたコードネーム。ヘリだからHで始まる英単語を当てた。さきほどのMi8は、たしか「ヒップ」というコードネームが付けられていた)。実は先ほどのMi8のエンジンはそのままに、機体をごつい攻撃ヘリにしたもの。ロシアを代表する攻撃ヘリだが、Mi8と親戚とは思えないくらいごつい。いや映画のなかで、このMi24ハインドは、写真なんかでみるよりも、存在感がありすぎるので驚いたが、これは南アフリカ製のMi24ということがわかった。南アフリカではロシア製のMi24を改造して性能向上型をつくっているらしい。


Mi8は実際に国連で使われているらしく、むりやりの登場ではない。クロゼットに眠っているトランペッター社製のMi8は、白い機体として作ろうかとも考えた(いつのことやら)。ただそれにしてもアメリカが協力しないから国連ではロシア製のヘリが飛び回っているのだろうか。いっぽう南アフリカはロシア製の攻撃ヘリを買って改造して、どうしようとしているのか、不気味である。


またロシア製の輸送機・旅客機イリューシン76(Il76)が登場するのにも驚いた。四発ジェットの軍用輸送機から発展したこの機体(機首がB29のようにガラス張りになっているところが(正確にはガラスではないだろうが)、形態的にノスタルジックでアナグロ的で面白い)は、映像で見ると、その大きさに圧倒された。もともと短距離で離着陸できる軍用機なので、映画におけるような不整地での使用に適しているのだろう。この機体も、ロシアから東欧圏だけでなく、アフリカにも輸出され、いまも使われていることがわかった。グローバル化時代に、世界を飛び回っている輸送機は、高価なアメリカ製あるいはヨーロッパ製の機体ではなくロシア製なのだとわかる。


この映画では、航空機ひとつをとってみても、わからないことが多いので、世界にはまだ謎が多いことを思い知った。この映画は、私たちの知らない世界を教えてくれる貴重な映画である――それも、この押し付けられた映画ヴァージョンではなく、そこにもれているもの、抑圧されているもの、そして処理できないさらに広大で謎めいた外部を垣間見せてくれることによって、疑問をもたせてくれることによって。