顧みれば

(二題)


顧みれば1


本日NHKの「迷宮の美術館」で、初代ルーヴル美術館の館長となったユベール・ロベールHubert Robert (1733-1808)の未来の廃墟となったルーヴル美術館を描いた作品が紹介されていた。ロベールは、「グランド・ギャラリーの改造案」という作品とともに「廃墟となったグランド・ギャラリー」を描いており、廃墟のロベールといわれた画家の面目躍如なのだが、イタリアでローマ時代の遺跡や廃墟を描いてきたロベールは、ルーヴル美術館もローマ時代の廃墟のように、未来に廃墟となってフランスあるいはルーヴルの栄光を伝え続けるという意味合いで描いたのであろう。


この絵を見ながら、私はまさにこれが先週の土曜日に触れようとして、工事のために、触れられなかった論点のひとつだったと、やや悔しい思いをした。つまり廃墟は永遠に残るのである。いや正確にいえば、もちろん完成したものが最初にある。時を経ることによって、それは朽ち果て、廃墟となる。そして廃墟もいずれ消えるのだろうが、廃墟は消えない感じがする。完成したものは、消滅するが、廃墟は消滅しない感じがする。完成したものは、ただちに崩壊へと向かうが、廃墟は未来へと生き延びる。いや、廃墟は、完成したなにかの廃墟ではなく、廃墟それ自体として、太古の昔から未来永劫にわたって存在しつづけるような気がする。


日光の東照宮には、一本、柱をさかさまにして取り付けてあるところがあるという。これは完成したものは、完成したその日から崩壊に向かうのであるから、柱を逆につけて、まだ未完成の状態であることにする、未完成状態で固定することで、崩壊することもないという思想らしい。未完成なものと、廃墟。どちらも生き延びる。完成したものだけが滅びるのである。


アドルノベートーヴェンの晩年のスタイルについて語ったとき、作曲家がみずからの作品を、ぎくしゃくしたものにし、断片化した。それは作品を未来に保存するためであり、晩年の作品とはカタストロフィであると結んでいる。これはよくわからない。ただ、未完成なもの、ばらばらなもの、まとまりのないもの、あるいは完成体を髣髴とさせることもないほど壊れた廃墟、そうした作品は未来永劫に残るということであるとすると、これは廃墟の思想とつながっているのだろう。アドルノの専門家にとっては、あたりまえのことか、もしくは、あまりに稚拙な考えかもしれないが、永遠に接続する廃墟という思想が、ヨーロッパのロマン派あたりから存在していたことを知ると、案外、勇気付けられた。否定性、廃墟の思想を考えてみなければならない。自分自身の課題として。


顧みれば2


現在、単行本化するために、1990年代の初期に訳したものに手を入れている。ワープロを使っていた時代のものだが保存しているフロッピーをみつけるのもめんどうで、みつけても、ワープロ機はもう存在しないので、読み出せない。結局、印刷物をみて、最初から自分で打ち込んでいる。


打ち込みながら、考えた。これが学生とか、若い翻訳者の翻訳だったら、首をしめているぞ。こんな翻訳では、翻訳者あるいは共訳者としてはお払い箱だ。まあそれが15年以上も前の自分だから、責めるにも責められない。暗澹たる気持ちでいる。


誤訳もある。今回それに気づいて、冬なのに冷や汗をかいている。誤訳も多いのだが、15年前の私は、基本的に教養がない。なんだこの訳はとうい訳文が多い。気持ちがさらに暗くなる。


とはいえ、初出時に、何度も手をいれ、編集者の厳しいチェックも受けている。それでもこのざまなのだが、あえていえば、その頃は、私もふくめて、この分野については、基本的に教養がなかったのだ。


たとえば「ポスト植民地主義」と訳している。もしそんな訳を、いま現在、誰かがしようものなら、私から出なくとも、「ポストコロニアル、ポストコロニアリズム」だろうという声が出てくるだろう。「新保守主義」と訳している。「ネオコン」のことだと、いまならわかるが、当時は、わからなかった。ただ新しい保守主義としか考えなかった(まちがいではないが)。アイデンティティ・ポリティクスも、へんな訳語になっている。まあ、しかたがない面もある。いまなら、ほぼ自動的に翻訳してしまうようなキーワードとかフレーズも、当時は四苦八苦だった。そしてこの翻訳を通して、いろいろ自分でも学んだということだろう。


そこで言及されているサーレフやガッサン・カナファーニーの小説も、この翻訳中に読んだ。いまにして思えばなつかしい。どちらもいまや古典中の古典、正典だし、当時、ともに邦訳があった。90年代のはじめのことである。しかし2000年に入ってからの翻訳に、サーレフをサリーと訳している馬鹿がいたこと(サーレフの作品すら、知らない馬鹿翻訳であったこと)は、前にこのブログで触れたが、当時の無教養な私も、すこしは知識が身についたが、90年代から2000年代に入って、教養が失われたとしかいいようがない翻訳もあらわれた。逆進化である。思想が廃墟となるのか。バカが永遠化するのか。


ちなみに15年以上も前の自分の翻訳で、差別用語まがいの表現に気づき、はっとした。誰もがわかるような、また決して使ってはいけないような、そういう差別用語ではない(人種差別、民族差別、階級差別ミソジニーホモフォビア的なものではない)。かりに、そんな悪辣な差別用語を私が平気で使っていたとしても、編集者がチェックするだろう。編集者もチェックすることのなかった慣用表現なのだが、いまの私は、その表現は、絶対に使わない。この変化は、15年の間に私の人生に起こった変化を反映している。