ザ・ホラー

来週の旅行用に本にと、すでに購入していたが読んでいなかった本を取り出した。ダン・シモンズ『ザ・テラー』(上・下、ハヤカワ文庫2007)である。ダン・シモンズの『ハイペリオン』(日本語訳題ハヤカワSF文庫)は、寄せ集めであっても、ポストモダン的組み合わせ術だと考えることができたし、すさまじいSFだったので、その後の作品に大いに期待したが、結局、実力派のエンターテインメントの巨人といったところで、それ以上のものではなくなったのは、なんだか寂しいのだが、この作品も、面白そうな読み応えのあるホラーだろうと期待できる。まだ読んでいないし、すぐに読むかどうかあやしくなってきた。


というのも下巻の訳者あとがきを読んでいたら、どうも手伝いの下訳者が5人もいる。長編だからしかたがないかもしれないし、まあ表紙に名前が出ている嶋田洋一氏は監訳者としての立場のようだが、それはそれでいいだろう。事情もあるようだし、監訳者が責任をもって訳文はチェックしているだろうから。


問題は、それではなく……訳者のあとがきを読んでいたら、史実に基づくホラー小説なので、題材となる航海にしても、詳しい資料が残っているとのこと、そして訳者いわく「このため翻訳に当たっては、逆にいささか悩んでしまった部分もある。たとえば“艦長は誰なの?”といったようなことだ」。


ふううん、そうなのかと、次の一文

名簿を見ると、サー・ジョン・フランクリンが〈エレバス〉のcaptain、ジェームズ・フィッツジェームズが同じくcommanderとなっている。同じ艦にcaptainとcommanderがいるというのは異例だが、サー・ジョンが高齢なため、若いフィッツジェームズを実質的な艦長とし、サー・ジョンは探検隊全体の方針を決める立場、ということだったらしい。(下p.565)

はあ?「同じ艦にcaptainとcommanderがいるというのは異例だが」とあるが、どこが異例なのじゃ。こ、こわー。ホ、ホ、ホ、ホラーじゃい。O, horrible, O, horrible, most horrible.


あの原潜〈シーヴュー〉号(プラモデル、予約品到着しました)ではリチャード・ベースハート扮するネルソン提督を除くと、クレイン艦長はcaptain(ドラマのなかではskipperと呼ばれているが)、そしてモートン副長がcommander。もう少しなじみのあるところでは、宇宙船エンタープライズ(初代)では、カーク艦長はcaptain、そしてミスター・スポックが副長でcommander。


これって常識かと思ってたし、辞書にも書いてあるはずだと、研究社大英和辞典で調べると、commander n.1e《米英海軍・米沿岸警備隊》中佐。とあるだけで副艦長、副長の記述はない。どうやら研究社大英和の説明に問題がありそうだが(研究社リーダーズでは《軍艦の》副長の定義あり)。ジーニアス大英和だとcommander n1…《海軍》(軍艦の)副長;海軍中佐《captainの下で、lieutenant commanderの上》とある。まあ、これが普通の定義で、日本や英米の辞書、全部調べたわけではないが、だいたいこう書いてあるはず。


19世紀には階級制度が今とは違っていたという可能性はあるが、もしそうなら、今とは違って、どうのこうのと説明が入るはず。ということは、この訳者、嶋田洋一、この××××……おお怖い。こんなのが翻訳していると思うと、これこそが、ザ・テラーで、ザ・ホラーだ。そもそも、「洋一」と名の付くは大嫌いだ。ろくな奴はいないから。