魔術師の娘ポニョはミランダか?
理由はさだかではないものの、国を追われた魔術師が、とはいえ、魔術師といっても学者というか科学者のような人物が、人間世界から離れて暮らし、娘とふたり暮らしていました。人間を嫌うお父さんと違い、娘のほうは、人間の住む、すばらしい新世界にあこがれ、男の子に恋をしてしまいました。人間の男に恋をする娘などもってのほかと、お父さんは、二人の仲を裂こうと妨害します。お父さんの魔術は、言うことをきかない娘を眠らせることです。またお父さんは海の精霊たちを自由に操り、さまざまな不思議な現象を起こすことができるのですが、その最たるものは海に嵐を起こすことでした……
嵐を起こす? 大嵐、テンペスト。
結論からいえば『ポニョ』は『テンペスト』のアダプテーションである。
そう、『崖の上のポニョ』を見て、予想していた物語(魚というか人魚が、人間の男の子に恋をして人間になろうとする人魚姫のような話)とは、重なる部分はあるものの、ちがっていて驚いた。ポニョは科学者フジモト(マッドサイエンティスト)の娘で、フジモトは人間界に背を向けて、いまでは海の魔術師として生きている。だが人間の破壊性を嫌悪し、そのことを娘にも説くのだが、娘ブリュンヒルデは、父親の説教にも耳をかさず、父親の目を逃れて人間の男の子宗介に恋をするって、これはシェイクスピアの『テンペスト』ではないか。
ディズニーのアニメ『リトル・マーメイド』では、人魚姫の物語なのに、主人公の名前をエアリエル/アリエルとして、シェイクスピアの『テンペスト』との関連性を暗示したが、『崖の上のポニョ』は、それ以上に『テンペスト』的である。
『テンペスト』の登場人物
プロスペロ(元ミラノ大公)。国を負われ、孤島でミランダと暮らしている魔術師。
妖精のエアリエルを使い魔として、人を眠らせたり、嵐を起こしたりする。
フジモトの原型。
ミランダ。プロスペロの娘。孤島に漂着したナポリ王子ファーディナンドに一目ぼれする。
父プロスペロの妨害にもめげず、最後にはファーディナンドと結ばれる。
だが、ふたりの結婚は、プロスペロが当初から計画していたことでもあった。
ポニョの原型。
ファーディナンド(ナポリの王子)。プロスペロが起こした大嵐で難破して、プロスペロと
ミランダ暮らす島に漂着。ミランダに一目ぼれをする。試練を課せられるが、それに耐え最後にはミランダと結ばれる。
宗介の原型。
ナポリ王。ファーディナンドの父親。プロスペロが起こした嵐によって、息子と離れ離れに。
宗介の父、耕一の原型。耕一は船長という こともあり、ナポリ王との関連性がうかがえる。
なおナポリ王一行は、船で難破してプロスペロの島にたどり着いたり、そこで神秘的な体験をする。
その神秘的体験は、プロスペロとエアリルの魔法によるのだが。
このことからナポリ王とその一行と、耕一が船長である小金井丸の船員たちの間にパラレルな関係ができあがる。
『テンペスト』に登場するが『ポニョ』には登場しない人物?たち
エアリエル。プロスペロが使っている妖精。プロスペロの助手的存在。
空気の精霊で、もともと魔女シコラックスによって木の幹に閉じ込められていたところをプロスペロに助けられる。
プロスペロに仕える。最後にはプロスペロから解放されるが、プロスペロに復讐のむな しさを説く一面もある。
『ポニョ』では、誰がエアリルにあたるかは不明。強いて言えばフジモトが操る魔物の水魚かもしれない。
キャリバン。『テンペスト』のなかでもっとも重要な人物のひとり。
魔女シコラックスが悪魔との 間に生んだ子供で怪物という設定。
孤島に暮らしていたが、そこにやってきたプロスペロにわが子のように可愛がられるが、ミランダをレイプしようとする。
そのためプロスペロから奴隷の身分に落とされる。
そこでそのためプロスペロに対して反逆を企てる。
このキャリバンは、プロスペロというよそ者に自分の島をのっとられた原住民なり被植民者の象徴ともなった。
いまや文化英雄の地位にあるプロスペロだが、『ポニョ』では消えているようだ。
プロスペロ=フジモトが使う魔物の水魚、あるいはポニョが操る大きな波のような存在に吸収されているのかもしれない。
あとナポリ王一行のなかに入っているが、
かつてプロスペロを陥れた宿敵の弟アントニオとかアントニオの友人でナポリ王の弟セバスチャンなどにあたる人物は、
『ポニョ』には登場しない。
『ポニョ』には登場するが『テンペスト』には登場しない人物たち
これが一番、興味深いところだが、
魔女シコラックス。『テンペスト』のなかでは魔女でキャリバンの母親。
プロスペロが来る前の島の支配者だった女性。すでに死んでいて、プロスペロの語りのなかだけで存在する人物。
この不在の魔女シコラックスは、『テンペスト』のなかできわめて興味深い人物である。
悪魔と結婚してキャリバンという怪物を生んだのだが、キャリバンとミランダはほぼ同年齢。
シコラックスはプロスペロによってレイプされてキャリバンとミランダを生んだ可能性もある。
ミランダをレイプしようとしたキャリバンは、近親相姦になりそうだったためプロスペロから罰せられ奴隷の身分にされた。
という解釈もできる。この不気味なシコラックスは、『ポニョ』ではその大きさをまして、海の女神のようなグランマーレとなって登場。
『テンペスト』ではプロスペロの語りのなかに魔女として吸収されてしまったシコラックス。
それが『ポニョ』では、プロスペロ=フジモトと結ばれポニョ=ミランダを生む海の女神として登場する。
シコラックス、もって瞑すべし。
ミランダの母親 ミランダの母親/プロスペロの妻は、プロスペロの語りのなかで登場する。
劇中には登場しない。おそらく死んか生き別れになったと思われる。
それが『ポニョ』では、シコラックスと合体してグランマーレとしてよみがえったともとれる。
ファーディナンドの母。『テンペスト』ではファーディナンド=宗介の母親。
ナポリ王=耕一の妻である女性は、語りのなかですら登場しない。
不在の人物である。それが『ポニョ』では宗介の母リサとして大活躍する。
となると『テンペスト』では、プロスペロ(フジモト)、宗介(ファーディナンド)、ナポリ王(耕一)、エアリエル(水魚?)、キャリバン(不明、水魚、波)という男性陣が織り成す復讐と政治的和解のドラマのなかに、ミランダ(ポニョ)は位置づけられ、そのほかの女性たちは語りの中に魔女化されて吸収されるか、不在を余儀なくされ弱体化している。
いっぽう『ポニョ』では、男性のほうが弱体化している。フジモトは魔術師といってもポニョの強力な魔術にはひとたまりもなく、ポニョを眠らせることしかできない。耕一は難破して船の墓場のほうに追いやられ影が薄くなる。そこには男性が織り成す政治的権力争いのドラマはなく、あるのは、巨大な海という女性的海洋世界を背景とした破壊と復活のドラマが展開するのであり、世界を救うのはポニョであり、宗助荘介の母親リサであり、海の女神グランマーレなのである。『テンペスト』の男性中心的世界が『ポニョ』では女性化されてよみがえったのである。
付記:ただそれにしても5歳の宗介君、礼儀正してく、思いやりがあって、勇気もあって、とってもすばらしい男の子だと思い、いまどきあんな男の子あるいは子どもがいるのだろうかと驚いたと、そう妹に話したら、うちの娘だって、幼稚園に通っているころは、あんなふうなとってもよい娘だったと答えてきた。ただ小学校に通うようになってから、だんだん人間が悪くなっていったとのこと。特定の小学校が悪いということではなく、小学校教育全体が子供から無垢を奪い、子供を悪魔に変えていくということだろう。