テンペスト


『ウォッチマン』でシルク・スペクター二世を演じていたマリン・アッカーマンについては、すでに書いていたように『ライラにお手上げ』とか『幸せになるための27のドレス』といったラブコメに出ていたのだが、全く既視感がなった。恥ずかしいことに。ただしオジマンディアス/マシュー・グードについて書いたように、スーパーヒーローになると俄然かっこよくなりセクシーになる。そこがこの映画のねらい目であって、やはり意外な予想もつかない俳優に演じさせることによって、ヒーローたちの肉体的存在感あるいはセクシーさを高め、ヒーローとセクシュアリティの関係を顕在化していたことはまちがいない。マリン・アッカーマンの場合も、セクシーさの強度がスーパーヒロインになることでマックスになっている。このなかで、まあ意外な人選である、ドクター・マンハッタンを演じた、ビリー・クルーダップは別として。いや彼もまた通常のセクシーさを超えた次元をヒーロー像になることで付与されていた。ドクター・マンハッタンになることによって、チンポコ丸出しになるのだから。


で、そのマリン・アッカーマンが出ていた『27のドレス』だが、主役のキャサリン・ヘイグルについては、既視感があった。ただ、どこでみたのか覚えていない。資料で調べてみても、テレビ・ドラマへの出演が多く、テレビ俳優なのだ――残念ながらアメリカのテレビ・ドラマを見ない私としては、彼女のことは知らなくて当然なのだが、しかし既視感はあった。そして突然思い出した。『テンペスト』だった。


90年代につくられたシェイクスピアの『テンペスト』The Tempestのアダプテーションに同じタイトルながら場所と時代を南北戦争時代のアメリカ南部に移したテレビ映画があった。ジョン・ベンダーJohn Bender監督の映画で、主演はピーター・フォンダ。彼が南部の農場主で、戦乱を逃れ河のなかの孤島で暮らしているが、そこに戦火が及んでくる。また彼は魔術を駆使する。名前はギデオン・プロスパー。そしてその娘ミランダが彼女キャサリン・ヘイグルだった。これは日本でもDVD化されているので、興味があればみてみてもいいが、残念ながら、設定に無理があって、『テンペスト』を知らない視聴者がみると、ただのヘンな話にすぎず、『テンペスト』を知っている視聴者がみても、やはりヘンな話にすぎなかった。ミランダ役の彼女は、とくに目立つところもなく、フラットな存在でしかなかったが(なお彼女は以前NHKでも放送していた『ロズウェル』にも出演していたから、そこでなんとなく見ていて覚えていたのかもしれないが)。


しかし、突然『テンペスト』を思い出してたのは、理由があって、それはビクトル・エリセ監督の『エル・スール』El Surを思い出したからだ。


野谷文昭氏による翻訳『エル・スール』が2月に出版された(インスクリプト)。映画のほうは原作があることを冒頭で示しているのだが、しかし、実際には原作はないか、未発表か、未完成で、要するに原作は存在しないと思い込んでいた私は、原作が翻訳されて驚いた。まあ、私の勘違いだったのだが、しかし、映画が公開された時点では、原作は出版されていなかったことは事実。その間の詳しい事情は、この翻訳の解説でも、またいろいろなところに書いてあるので、繰り返さない。映画では少女が南に旅立つところで終わっていたが、あれにはつづきがあることが原作を読むとわかる。実際に南にやってきた少女が、南での経験も含め、これまでの出来事を、これから北へ帰るというときにしたためた手記が、原作の中編小説なのである。


私は『エル・スール』をシェイクスピアの『テンペスト』に似ている話だと思っている。追放された父親。バスク地方という設定だが。この父親は医者であると同時に、魔術師でもある。そした影の薄い母親。少女に言い寄る、姿を現さないボーイフレンドがキャリバンなら、父親が魅惑されている女優はシコラックスだ。そして父親は魔術の本を埋める代わりに、ダウンジングで使う錘のついた鎖を娘に預ける。……。


崖の上のポニョ』が『テンペスト』ではないかと以前に書いたが、この『エル・スール』も『テンペスト』ではないかと思っている。すでに誰かが言っているかもしれないが、私も『エル・スール』=『テンペスト』説を、ここで記録しておきたい。