100歳の壁


本日で東京の銀座松屋で行われていた熊田千佳慕展が終わった。もちろんその細密な植物や動物の絵の上手さはいうまでもないが、こうしてその繊細に描かれた線のひとつひとつ――ちなみに昆虫の脚の羽毛などは、細い筆の毛先で描いているのがわかるが、それよりも太い(それでも細いのだが)植物の枝とか葉の葉脈のようなものは、その周囲を塗りつぶして細い線を残すという、気の遠くなるような作業によって描かれていて、線のひとつひとつに時間が染みついている。いや、おそらくその人生が線描と一体化している観が否めない。


おそらくこれだけたくさんの絵(といっても、ものすごい数ではないのだが)を描き続けてこれたというのは、さぞや、充実した人生だったに違いないという感想をいだいてしまうのも、線のひとつひとつが、たどった人生の足跡だからだ、いや、もっと正確にいえば時間の航跡になっているからだ。この絵は時間なのである。


展覧会での発見は、クマチカと呼ばれている熊田千佳慕だが(それにしてもWikipedia、「熊田五郎」という本名を項目名にするのは、やめたほうがいいぞ――これじゃクマゴローだ)、実際に、自分でも「クマチカKumachika」とサインしているので、公式のニックネームだということもわかる。あの「みつばちマーヤ」に登場する、槍の先に旗を掲げた働き蜂の絵は、子供の頃にみたことがあって、印象に残っている。『ライオンのめがね』という童話というか絵本は、内容は忘れたが、たしかに覚えている。私の人生もどこかで熊田千佳慕とクロスしていた。そういう意味でも、この展覧会は、私の人生の一部でもあった。


熊田千佳慕のカレンダーは、ネットでは買いにくくなっているようだが、展覧会場には山のように売っていて、私も2部購入した。


なおこれは周知のことだが、熊田千佳慕は展覧会の直前だったか、今月8月13日に、亡くなられた。享年99(満98歳)。今年、私の伯母の三回忌の法要をしたとき、住職から聞いた話では、檀家には100歳を超えられている人、100歳を超えて亡くなった人は多くなったが、それでも「100歳の壁」というのがあって、100歳を目前にして亡くなる人がけっこう多いとのことだった。


私の伯母もそうだったが、熊田千佳慕にも100歳の壁が立ちはだかったようだ。冥福を祈りたい。