オックスフォード・マーダーズ


映画『9』で、N0.9の声がイライジャ・ウッドであることがわかったのは、もちろん彼の出演映画を何本も見ているということもあるのだが、それ以上に、映画『オックスフォード殺人事件』で、彼が主演+ナレーションをしていたからで、その時の印象が強かったからでもある*1


この『オックスフォード殺人事件』Oxford Murders(2008 dir. by Alex de la Iglesia  Spain/UK/France)、日本で公開されたどうかよく覚えていないのだが、DVD化されていて、これがけっこう面白い。実は、日本でも海外でも、この映画の評判は、そんなによくないのだが、しかしそのいっぽうで、高く評価するファンもいて、私もその一人である。


原作は読んでいないのだが、おそらくオックスフォードが舞台の衒学趣味を横溢させたミステリーで、数学や哲学的議論が全体の重厚かつ神秘的な雰囲気をかもし出していて、そこのところがたまらない読者がいる一方で、それをうっとしく思う読者がいてもおかしくないのだが、衒学的ミステリーなら最初から読まない読者も、ミステリー映画なら見てしまって、こけおどし的な衒学趣味に辟易するということは予想できる。とはいえ、そんなにむつかしい哲学的議論や数学的議論が出てくるわけではなく、べつに専門的知識がなくても、よくわかるし、けっこう参考になった部分もある。たとえば数列というのは、どんな場合に説明がつく。1、2、3、267、892……という自然数の数列があるとすると、892の次にくる数は、予測できるのである。たとえその原理は紙にかくと10ページくらいになるとしても。またさらにいうなら、そのルールは、ひとつに決まらなくて、無数に存在する。だから実際のところ数列あるいは規則性のある数字のならびというのは、存在しない。というかどんな数字の列挙でも、そこに法則は見出せるのであって、数列は存在しなともいえる。


もうひとつは愚者の数列といういう問題で、最初はM、つぎにハートのマーク。ただしハートのとがった先が下で、その下端に接するかたちで横棒がつく。そして8というか無限大のマーク。丸を二つ重ねたマーク。とつづくと、次にくるのは何か、これはひとつに決まる。とんちなのだが、挑戦してみるてほしい。私は分からなかったが*2


イライジャ・ウッドアメリカ(原作ではニュージーランドらしいが、なぜニュージーランドにしなかったのだろう)からきた留学生で、下宿先の女主人が殺されてから、その女性の知人でもあったオックスフォードの天才的数学教授で、実はその指導を受けるために留学してきたところのジョン・ハートと、殺人事件を捜査するという内容。ジョン・ハートは、昨年は『リミット・オブ・コントロール』でも見た。毎年映画に出ているようだ。教授と共通の知人でイライジャ・ウッドの恋人にもなる(というかふたりと肉体関係をもつことになる)看護師にレオノーラ・ワトリング。あの『トーク・トゥ・ハー』に出ていた、バレリーナの彼女。この映画のなかで強調されるレオノーラ・ワトリングの豊満な肉体は、『マルティナは海』でよく知っているので、驚きはしなかったが、それにしても胸がでかい。しかし、この映画で、なといっても嬉しかったのは、最近みかけなくなった(とはいえ実際にはコンスタントに活動をつづけているようなのだが)アレックス・コックス。監督兼俳優でもあるアレックス・コックスは、この映画のなかで、エグイ役をしています。本人、絶対に欣喜雀躍とあの役を引き受けたにちがいない。その趣味の悪さは、最高。


オックスフォードの街そのものも、一度、観光旅行した程度の人でも、なつかしく思えるくらいに、要所は押さえてあって、ラドクリフ・カメラとか、あるいはシェルドニアン・シアターの内部(ファシストの語源になったファシスもちゃんと写っている)から、外に出て通りを隔ててブラックウェルの店内へとカメラはスムーズに移動するのだが、あのあたりは、誰もが知っているところ。ブラックウェルの地下の売り場もうつっていて、そこはなつかしい気がした。私がジュディス・バトラーの『ジェンダー・トラブル』を買ったのも(なんとハードカバーで――売れ残っていて安売りをしていたのだが)、ブラックウェルの地下売り場だった。


ネタバレはしないようにするが、物語は、連続殺人を解決しているようにみえて、実は連続殺人を作ってしまっているというのがミソで、そこは、意外性もあり面白かった。そのため事件が落着したようにみえても、さらにどんでんがえしがあるという二転三転の構成となり、最後には主人公が連続殺人の原因とされてしまう。バタフライ理論なのだが、しかし、バタフライ理論とはいうのは、どんなものでも原因となりうるということで、実際には原因を特定することはできないという理論だと私は理解していたのだが、みかたによっては、あらゆる人間が、原因として告発されてしまうという不気味な可能性をも示唆していた。

*1:実はアニメ『ハッピーフィート』でも主役の声はイライジャ・ウッドなのだが、あれは姪といっしょに吹き替え版で見ただけである。

*2:答えはMに横棒なのだが、Mの中のVの部分は両方の縦棒の真ん中くらいに位置していて、下まで延びない。そしてVのとがったところに接するかたで横棒を付ける。これって1、2、3、4なのです。なぜか。あとは考えてね。映画をみれば答えがわかる。