デビルマン


たぶん20世紀のことだったと思うが、NHKの衛星放送で不定期に放送されている漫画夜話において永井豪原作の『デビルマン』をとりあげたことがあった。漫画夜話は月曜日から木曜日あるいは水曜日まで連続で夜の時間帯に生放送されるシリーズである。毎週ではなく、年に数回、放送される。


デビルマン』をとりあげた翌日か、翌々日のこと、司会者が原作者の永井豪さんから、『デビルマン』の回における、いしかわじゅんさんの発言についてクレームがあるとして、永井豪みずからがコメントする短いビデオが流された。


そのビデオによると、1)永井豪は直接番組を見たわけではなく人から聞いたことであるがとことわったうえ、2)永井豪が『デビルマン』をアシスタントを使って書いていたもしくは、ほとんどアシスタントに書かせていたという、いしかわじゅんの発言に対し、事実無根であり、遺憾の意を表明したいということだった。「いしかわさん、どうしてそういうことを言うかな」という恨み節めいた永井の発言で、たぶん永井の自宅か仕事場で撮影されたと思しき短いビデオは締めくくられていた。


デビルマン』の回を全部見ていた私は、この永井のクレームに驚いた。そもそもいしかわじゅんは、そんな発言をしていない。私の記憶では、『デビルマン』のある部分について、「このへんは永井さんもアシスタントに描かせてるんじゃないか」という夏目房ノ介の発言(まあ冗談めいた発言だが)に対し、いしわかじゅんは、「いやそんなことはないだろう、ここは全部自分で描いているはずだ」と慎重に明言したのである。


考えさせられることはいろいろある。まずNHK側は、なぜ永井豪のクレームに対して、放送ではそんなことは語られてなかったと、回答しなかったのか。なぜそれができなかったのか。生放送なので、番組を収録したビデオが用意できなかったのだろうか。あるいはクレームに対して一々ビデオを見せて確認してもらうということは、原則としてしないのかもしれない。また、あるいは永井のクレームが理不尽かつ誤認に基づくものであることを知りながら、永井あるいはその背後にある何らかの圧力の前に、クレームを事実誤認として処理できなかったのか――結局、永井のクレームをビデオで収録して、漫画夜話の番組内で放送したわけである。


結局、永井がクレームを語る短いビデオのあと、いしかわじゅんは、「永井さん、俺、そんなこと語ってないすから」とコメントして、その場は終わった。


まあ、そういうしかないだろう。嘘ではないし。


テレビ局側の対応のいい加減さ(こんなことだから政治家につけいれられるのだ)もさることながら、永井の側の思い上がりもたいしたものである。実に永井という馬鹿は不愉快な奴だと思った。


そもそも漫画夜話では、いしかわじゅんの辛口のコメント(漫画として絵が下手、表現力がないというコメントは普通に出てくる)が売り物であり、それに対しては実作者の側から言いたいこともあるだろうが、クレームはものともせず、評論は評論として、自由な発言を貫くというのが番組の姿勢である。もちろん文句だけを言っているだけではなく、褒めるものは褒めるし、主に形式面からだけだが表現とか物語に対する解説もあり、社会や文化や時代との相関関係が語られることもある。『デビルマン』の回は、作品そのものに高い評価をあたえていたし、おそらく永井豪と親交のあるいしかわじゅんも、慎重な発言をしていたように思う。もしその回を永井豪が自分の目で視ていたら、満足こそすれ、文句をいうことは絶対になかったはずだ。それなのに、他人から聞いた情報を鵜呑みにしてクレームをつけてくるとは。これではなにをやっても意味がない。


ポイントは永井豪がその放送を見ていなかったことにある。見ていないから、逆に、人伝に聞いたことが気になる。自分の知らないところで、自分に対し誹謗中傷がなされたのではとパラノイアになる。もちろん想像だが、その想像をさらに広げることもできる。思い余った永井はクレームをつける卑劣漢がやりそうなことをしたのかもしれない。NHKの現場ではなく、上層部に圧力をかけたのである。現場にクレームをつけていたら、そんなものは一蹴されていただろう。事実誤認だからである。あるいは事実誤認だからという現場の声も上がったにもかかわらず、上層部を直撃したことによって永井は、現場の意向を全く無視して、自分のクレームを通し、恥さらしなビデオまで撮影させることができら。


まあ、あんまり好き勝手なことを書くとクレームをつけられそうだが、とにかくあの永井のクレームははっきりと事実誤認に基づく、いわれなきものだった。クレームをビデオに撮影して流したことで、たとえNHK側が永井に恥をかかせるつもりではなかったにしせよ、結果としては、永井の恥さらしになった。少なくとも、『デビルマン』の回を視ていた視聴者があとから寄せられた永井のクレームに唖然として、軽蔑したことだろう。


繰り返すが、永井はその回を見ていなかった。これがポイントである。見ていなかったからこそ、暴走がはじまった。そう、人から聞いたことに対して不安になり暴走する馬鹿はほかにもいる。そういう馬鹿の暴走にあって、うんざりするめにあった人間を一人知っている。私である。詳しくは明日に。